こうして生まれた個々の企業の付加価値が積もり積もると、経済成長に繋がる。GDP(国内総生産)のかなりの部分は、企業の付加価値の総和だ。顧客の創造はすべての原点になるといっていい。過去に誰かほかの人が創造した顧客に便乗し、単に需要があるから対応するというだけの企業活動に終始していてはダメなのだ。便乗商品には付加価値が少ないので多くの利益を挙げられない。給料も余計に払えず、人も多くは雇えない。顧客満足度も低く、GDPにもさして貢献できない。顧客創造が企業活動の核であり、それが試行錯誤の連続だということは、我々がビジネスの実践を通して、強く感じてきたことでもある。
我々の海外でのマーケティング活動が本格的に始まったのは57年、アメリカ・サンフランシスコに販売会社を設立してからだ。今でこそ営業利益の6割を海外市場で挙げているが、当初は醤油とはほとんど無縁の土地での新規開拓である。まさに自ら顧客をつくり出す必要があった。
アメリカのスーパーマーケットに醤油を置いてもらうのにも苦労したし、そこで売り上げを維持していくのも大変だった。一週間ごとの売り上げが低ければ、即座に「いらない」といわれてしまうからだ。
我々がやったのはインストア・デモンストレーション。法被(はっぴ)姿でスーパーの店頭に立ち、七輪のような電熱器で醤油に浸した肉を焼いて楊枝に刺し、お客様に試食してもらうのだ。「天然の大豆・小麦を発酵させてつくった調味料です。おいしかったら買ってください」と勧めていく。
私も留学時代の夏休みなどにアルバイトで手伝ったが、朝から晩まで10時間くらい、食事の時間以外はずっと立ちっ放し。まだ若いから何とかなったが、きつかった。当初は、「人前でそんなことをして失礼じゃないか」と怒られやしないかとヒヤヒヤしたし、試食はしても、1割くらいのお客様しか買ってくれないのではないかと危惧していた。
しかし、僕が何十回、何百回とお客様を相手にした中で、怒ったのはたったの一人だけ。僕の感触では、食べた人の半分くらいは買ってくれた。かなりの高率だったと思う。お客様はすぐ目の前で食べるから、その顔色を見れば、気に入ってくれたかどうかは一目瞭然。これはいけると思った。
ほかにも社員が近所のホームパーティーのバーベキューに醤油を持参したり、大学の家政学部を卒業した「ホームエコノミスト」を雇い、醤油を使った料理のレシピを開発したりもした。アジア料理に使うための調味料ではなく、アメリカ人の日常の食生活に組み込まれた調味料にしなければ定着しないと考えたからだ。こうした努力を重ね、地域を一つ一つ潰して販売圏を広げていった。
73年に初めて建てた工場が出荷開始した直後にオイルショックが到来。赤字を出して苦労した時期もあったが、心の底に「醤油は売れる」という確信があったから、割合楽観的に対処できた。そういう意味でも試食販売はいい経験になったと思う。