危険分散の理論

例えば、「分散」(variance)という概念は、統計学の基礎的な概念の1つですが、それを理解できていない人が多いのです。

ファイナンス研究科の面接入試で、「分散とは何か?」という質問に正しく答えられる受験生が3分の1程度しかいないのに、愕然としたことがあります。

分散とは、各データと平均値の差を2乗したものの平均で、データの散らばりを表す指標です。分散を知らないでファイナンスの勉強をしようとするのは、無謀としか言いようがありません。このために、平均収益率だけを見て、金融資産の優劣を判断するような誤りに陥ります。

実は、かつて私自身がそれと似た誤りに陥っていたことがあります。危険分散(risk diversification)がなぜ重要かが、理解できなかったのです。

この背景を説明しましょう。中世の世界で、地中海の航海は冒険航海でした。現代の用語でいえば、「ハイリスク・ハイリターン」でした。しかし、イタリアの商人たちは、決して無謀な航海を行なったわけではありません。リスクに対処したのです。

それが保険の仕組みであり、株式会社の仕組みです。その基礎にあるのが、危険分散の理論です。

『ベニスの商人』に見る文系数学の可能性

シェイクスピアの『ベニスの商人』で、アントニオは、自分の船を世界のさまざまな港に分散し、これによって危険分散を図っています。

『ベニスの商人』の物語を、私は大学生のときに知っていました。しかし、なぜ危険分散が良いことなのかを、明確には理解していませんでした。工学部の数学は解析学が中心で、統計学はおざなりにしか勉強しなかったからです。

危険分散の本当の意味を理解できたのは、ずっと後になって、ファイナンス理論を勉強してからのことです。そして、中世のイタリアで発達した危険分散の理論がヨーロッパを中世から脱却させたことを知って、感激しました。

これは、「文系数学」がいかに強力であるかを示す証拠です。