母はコテコテの大阪のオバチャン

「両親が海外に行ったときに子供には英語が話せて、人前で自分の意見を話せる人間になってほしいと思ったそうです。それでいろいろと探した結果、インターが一番いいと考えてくれたようで。近場になかったものの母の検索スキルのおかげで、当時はまだ少なかった帰国生以外も受け入れているインターに出合うことができました」

そう朗らかに話す川﨑さんに母親が与えた影響は大きいという。

「私はよく母似だって言われます。母はコテコテの大阪のオバチャンです。いわゆる教育ママではないんですけど、私が小さいころはずっと絵本の読み聞かせをしてくれていました。毎日20冊ぐらい私が積み上げた絵本、それを全部。なかには英語の本もあったとか。母は英語ができませんが、母なりに頑張って読んでくれたそうです。最近そのことについて聞いたら『しんどかったわー』と笑っていました」

そんな母親と、あだ名で呼び合う友人のような仲の父親のもとで、川﨑さんは伸び伸びと育った。

「この前父に言われたのは、レナは変わった子やったで(笑)と。友達と遊ぶときにおままごとや人形遊びでなく、『一緒に劇をしよう!』と呼び掛けて即興のストーリーの劇を2時間くらい熱演するなどしていたそうです(笑)」

内堀タケシ『ランドセルは海を越えて』(ポプラ社)
内堀タケシ『ランドセルは海を越えて』(ポプラ社)

川﨑さんが社会問題に興味を持ったのは8歳のとき。図書館で出合った1冊の本『ランドセルは海を越えて』がきっかけだったという。

ランドセルをアフガニスタンの子供たちに贈る活動を描いた写真絵本に衝撃を受けた。

「その本について家で母に話したら、どの団体の活動かなど、調べて教えてくれて。子供のためにさまざまな活動をしているユニセフの存在も、そのときにはじめて知りました。インターがボランティア活動を推奨していたこともあり、そのあとすぐ友達とホームレスの方におにぎりを配るなどの、地域のボランティア活動に参加するように。困っている人の力になりたい思いがどんどん大きくなっていきました」