高齢になったらがんと闘わない
自覚症状なき病の代表格ともいえるのが、がんでしょう。
85歳以上の方のご遺体を解剖すると、ほとんどすべての方の体内からがんが見つかります。私たちの多くは、がん検診というものに非常に熱心です。少しでも早期に体内のがんを発見することが重要で、早期発見・早期治療しなければ死に至る病だと思い込んでいます。
しかし、本当にそうでしょうか。がんというのは、つまり自分の細胞がコピーミスを起こして異常増殖したものです。どんな人でも長く生きてくると、体内にある数十兆個もの細胞のなかから「バグ」を起こすものが出てきます。
つまり、ある程度の年齢になれば、誰もが体の中にがんを飼っているのだと思ったほうがよいのです。それなのに、「がんが見つかりました」と言われると、余命宣告を受けたかのようにショックを受け、なんとしても取り除かなければいけないと思い込む人のいかに多いことか。
なんの自覚もなくがんを飼い続けて、別の症状によって人生を終えられた多くの先輩たちのご遺体を見てきたからこそ、私は、「闘わなくてよいがん」「生きるうえでなんの支障にもならないがん」が数多くあることを、声を大にして言いたいのです。
そもそも先述のとおり、がんはいきなり降って湧いた異物ではなく、自分の細胞が変性したものであって、自分の体の一部です。それであればなおのこと、「がんと闘う」なんて、不思議な言い回しだと思いませんか。
自分の体の一部と闘おうとすれば、体が弱って当たり前です。闘う相手としてではなく、エラーを起こした自分の細胞とどのように付き合うか、という視点でがん治療を考えてみるとよいでしょう。
とくに、高齢になればなるほど、がんの進行もゆっくりになっていくわけですから、治療せずに様子を見る、という選択肢があって当然です。あるいは、手術する場合でも、がん部分だけを切除するという選択も大いにありえます。
ところが、現代においては転移のリスクを考えて、がん部分だけでなく周囲の細胞を含めて大きめに切除するのが標準治療となっています。
右肺の下半分を切除で食欲と体力が減退
私の知り合いのお母さんは、82歳で肺がんが見つかった時に「小さながんだから切除しましょう」と言われて、手術を受けました。手術が終わったあとになって、右肺の下半分が切除されたことを知ってビックリしたそうです。
メスを入れてみたところ、予想以上にがんが広がっていたために大きく切除をする、ということはよくある話ですし、転移のリスクを考えると外科医はどうしても大きめに切り取りたくなってしまうものなのです。それが標準治療ですから、この医師がおかしな手術をしたわけではありません。
それでも80歳を超えた体にとって、右肺の半分を失うということはかなり大きなダメージとなりました。さらに、執刀医が平然と「悪い部分は取っておきましたから」と言ったその対応に強い違和感を覚えたそうです。