高齢者はどんな医者にかかるべきか。医師の和田秀樹さんは「複数疾病を抱えている可能性の高い高齢者には、大学病院の専門医による臓器別の診療スタイルは不向きだ。あるデータでは、大学病院が多い都道府県ほど平均寿命が短くなる傾向があることを示している。超高齢社会に求められるのは『総合診療』だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『70歳からは大学病院に行ってはいけない』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
大学病院の治療でヨレヨレの悲惨な状態になる可能性
大学病院に、みなさんはどのようなイメージをもっていますか。優秀な医師がたくさんいる? 自分にとってベストな治療が受けられる?
残念ながら、どちらも実態とはかけ離れたイメージと言わざるをえません。もっと言うと70歳以上の方の場合はむしろ、大学病院で治療を受けてしまったがゆえに、残りの人生をヨレヨレの悲惨な状態で過ごさなければならなくなる可能性すらあります。
そもそも、治療とは誰のためのもの、何のために受けるものでしょうか。当たり前ですが、治療を受けるその人自身が、よりよく生きられること。自己決定権を尊重されて、その人の望む暮らし方に少しでも近づけること。これこそが治療の本来の目的であるはずです。
ところが、大学病院の多くの医師にとって、関心があるのは、臓器の機能を示す数値データが正常値か否かということ。彼らにとって、患者さんの暮らしぶり、人生哲学などは、およそどうでもいい情報にすぎません。
結果として、その人の人生という唯一無二の大切なものをないがしろにしたまま、自分が担当している臓器を正常値に戻すことだけが目的化してしまうような本末転倒な治療、個人の特性を無視した、ステレオタイプな治療が横行してしまっています。
患者さんとまともに対話しようとしない。家ではどんな暮らしぶりなのか。今、どのようなことに不安を感じているのか。食事は、運動は、趣味は……。
患者さんから話を引き出す努力もせず、薬をきちんと管理できているのかすら配慮せずに、数値と睨にらめっこして独断的な投薬を繰り返す。果たしてこれで「患者主体」の治療を実現できるでしょうか。