診ているのは人間ではなく「臓器」

大学病院には2つの役割があります。ひとつは、最先端の研究などを踏まえた高度医療を提供するというもの。もうひとつが、医師を養成するということ。

高度医療を提供する場であるのだから、大学病院に行けば、最先端の知見と技術をあわせもった優秀な医師から、自分にとってベストな治療を受けることができる。そう考える人は少なくありません。

しかし、最先端の研究に基づいた検査や治療、投薬を受けられるかどうかということと、あなたの身体や人生にとってベストな治療であるかどうかは、まったく別のものです。

とくに70歳以上の高齢者は、大学病院で治療を受けるべきではないと私は考えます。

トラブルを抱えた臓器の数値が正常値に戻ったとしても、手術による体力低下や投薬の副作用など、ある種の力技ともいえる治療によって肉体の別の部分がダメージを受け、退院する頃にはひどくヨボヨボになって帰宅するような羽目に陥りかねないからです。

それは、「臓器別診療」という大学病院の診察スタイルが、高齢者に求められる治療ニーズとかけ離れていることに起因します。

高齢者が抱えている疾病は1つでない場合が多い

みなさんご存じのことと思いますが、今の大学病院に「内科」という科はありません。「呼吸器内科」「消化器内科」「循環器内科」などに細分化されています。

あるいは「外科」という科もありません。「脳神経外科」「呼吸器外科」「乳腺外科」といったカテゴリーになっています。こうして細分化し、臓器別の診療を行っているわけです。

この臓器別診療は、現代医学の理想の形として長らく実現を目指されてきたものでした。高度医療を提供し、難易度の高い手術を担う。そのために、医学部の医者たちは、それぞれが専門の臓器に特化して研究し、その専門性を高めてきたのです。

その結果、1970年代頃から、こうした「臓器別診療」が各大学病院でスタートします。

オペ中の心臓外科チーム
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当時、65歳以上の高齢者は人口の7%程度でした。まだ高齢化が進行していなかった社会において、この臓器別診療が一定の役割を果たしたことは間違いありません。

多くの難病患者さんたちが、専門性の高い臓器別診療のおかげで命をながらえてきました。50代くらいまでの患者さんであれば、臓器別の高度医療による治療は効果的だと言えるのです。

しかし、2021年現在、65歳以上の高齢者の割合は29.1%まで上昇しています。高齢になると、1つの臓器だけでなく、こっちにもあっちにもガタがきているという状態になっている人が少なくありません。

若年層の患者さんであれば、抱えている不調は1つだけ、ということも多いでしょうが、高齢者の場合は、3つも4つも疾病を抱えているという状態になりやすい。

高血圧でありながら、軽い糖尿病もあり、コレステロールが基準値オーバーで、骨粗しょう症も抱えている、といった具合です。身に覚えのある方も多いでしょう。

そうなると、血圧を下げるための降圧剤やコレステロール値を下げる薬を循環器内科で処方され、内分泌代謝内科で血糖値を下げる薬が処方される。尿もれが頻繁に起きてくれば、泌尿器科で膀胱収縮を抑える薬が出されるでしょう。

高齢者が薬漬けになりやすいことは広く知られていますが、飲むというより食べるといった量の錠剤を毎日口にしている人もいます。

こうなってくると、症状を軽減させるという薬の効果よりも、副作用の害のほうが大きくなりかねません。高齢になると代謝機能も落ちてきます。体内に摂取した薬を排出しづらくなってくるため、深刻な腎障害を起こす可能性もあります。

医療費の点でも問題です。複数の医師にかかる診療代や各科で処方される薬代など、一人のかかりつけ医に診てもらう場合よりもはるかに医療費がかさんでしまいます。臓器だけを見て、患者自身の健康をトータルに見ようとしない臓器別診療により、体への負担も財政への負担も大きくなってしまうということです。