記憶の定着はいつ行われるのか
実は、ここまではこれまでも数々の実験で明らかになっていましたが、このマウス実験が重要なのは、記憶の定着が脳の3つの状態、つまり「覚醒時」「ノンレム睡眠」「レム睡眠」のうちのどの状態のときに起こるのかを調べた点にあります。
記憶には時間的に見て、獲得、固定、再生の3つの段階があると考えられています。起きている間に得た外界の情報は脳へと伝わり、知覚体験されます。脳で最初に情報を受け取る領域を下位脳(専門的には第一体性感覚野。運動感覚に関する情報を処理し、関連する脳の部位に出力する領域)と呼びますが、この下位脳からのボトムアップにより、知覚された情報は複雑な情報処理をする上位脳(脳の第二運動野。運動のコントロールに関与する領域)に伝わります。
さらに、知覚学習により上位脳から下位脳へトップダウン方向の情報の連絡が強化され、自由に想起できる記憶として固定されます。
この実験では、ツルツル床を学習した直後のマウスのノンレム睡眠時に、上位脳から下位脳への神経伝達を意図的にブロックしました。すると、記憶の定着は見られませんでした。しかし、学習6~7時間後のノンレム睡眠時に同じように神経伝達をブロックした場合は、記憶の定着には影響が出なかったのです。
睡眠もタスクとしてスケジュールに組み込もう
このことから、記憶の定着は、脳の覚醒時、ノンレム睡眠中、レム睡眠中の3つの脳の状態のうち、とくに学習直後の睡眠のノンレム睡眠時に行われることがはっきりしたわけです。
記憶の定着には種々の過程があり、初期の研究ではレム睡眠が学習・記憶促進に重要であると報告されましたが、この実験も含めた近年の研究により、記憶の定着にはノンレム睡眠の強い関与も明らかになってきたのです。
取り組まなければならない課題があるときでもしっかり睡眠をとれるようにするには、常に作業の優先順位を頭に入れつつ、個々の作業にかかる時間を把握しておくことでしょう。そして、そのなかに睡眠のスケジュールを必ず組み込んでいくことがたいせつです。
懸命に勉強やプレゼン準備に取り組んでも、その直後に十分なノンレム睡眠をとらなければ記憶は定着しません。時間が足りないピンチのときこそ睡眠は決しておざなりにせず、削らない。そういう発想の転換が、逆に作業の効率を上げてくれます。