寝入りばなの90分が大事

海馬の働きを高め、記憶の港を大きくする睡眠に大きくかかわるのが眠りの質です。ここで簡単に、睡眠のメカニズムについてお話しします。

眠りには、ノンレム睡眠(脳も体も休息している状態)とレム睡眠(脳は活動していて体が休息している状態)との2種類があり、寝ついた後にすぐ訪れるのがノンレム睡眠です。

最初の約90分間持続するノンレム睡眠が、睡眠全体のなかで最も深い眠りで、細胞の増殖や新陳代謝の促進、アンチエイジング効果などに影響するグロースホルモン(成長ホルモン)もこの入眠直後のノンレム睡眠中に分泌されます。そして、このとき、海馬から大脳皮質への情報の移動と保存が行われていることも、近年の研究から明らかになりました。

この最初の深いノンレム睡眠は、まさに「黄金の90分」と呼ぶべきものです。

質のよい睡眠をひと言でいえば、最初の90分間でしっかりと深い睡眠を得ることです。そうすれば、記憶力だけでなく、日々の仕事や勉強の精度を上げる集中力や思考力などにもよい影響が及ぶでしょう。

レム睡眠中に記憶の整理が行われる

近年はノンレム睡眠の研究にも注目が集まっていますが、レム睡眠の発見直後から、レム睡眠の研究はさかんに行われており、レム睡眠が記憶の整理や定着に関与していることは、多くの実験から明らかになっていました。

脳での可視化の技術も進み、2015年に、レム睡眠と「脳の可塑性」に関する次のような実験結果が発表されました。マウスの睡眠中の神経伝達と結合の変化を観察した実験です。

海馬の情報伝達は、神経細胞の樹状突起から飛び出す「スパイン」と呼ばれる「棘」のような細胞突起によって行われています。樹状突起とは、神経細胞の一部で、外部からの刺激や情報などを受け取るために、細胞体からまさに樹木の枝のように枝分かれした複数の突起を指します。

図表2の画像「REMD」は、レム睡眠だけを選択的に起こらないようにしています。上画像の「ND」は、何も操作を加えていません。

8時間後の画像では、どちらにもスパイン(▲印)が飛び出している箇所が複数あります。16時間後を見てみると、上画像「ND」では、スパインが消失しています(△印)が、「REMD」の操作をするとスパインの消失が遅くなり、下画像のように、16時間経ってもスパインがたくさん残っています。

スパインはレム睡眠中に形成されることが多いのですが、これらの画像から、まるで樹木の枝葉を切りそろえて「剪定せんてい」するかのように、一度できたスパインを除去したり、必要なものを残したりする役割もレム睡眠が担っていることがわかってきたのです。