衰えを感じる人は睡眠を改善しよう

この実験によって、神経細胞の組織変化が可視化されたことは、大きな進展でした。また、8時間や16時間といった長いスパンで睡眠中の脳の様子を観察したことも、この実験の画期的な点です。

寝入りばなの90分、ノンレム睡眠の深い眠りがまず海馬から大脳皮質への情報の移動や保存を助け、その深い眠りから切り替わったレム睡眠中には脳内の情報伝達を司るスパインの最適化を行う――そうした睡眠中の脳内の働きは、残念ながら私たちの目に見えるものではありません。しかし、起床時の頭のスッキリ具合や気分の良し悪しにストレートに表れるものです。

だからこそ、私たちは意識的に眠りにかかわり、改善する姿勢を忘れてはいけないのです。「最近、仕事の効率が悪い」「年齢には勝てないな」などと嘆いている方こそ、少し睡眠への意識を変え、最初の90分をしっかり眠る習慣をつけていただきたいと思います。

「勝負の日」の前日はしっかり寝る

こうした実験結果から言えることは、大事なプレゼンや会議、昇進試験、学校のテストなどの前日、睡眠を削ってがんばるのは逆効果であるということです。もう一つ、マウス実験をご紹介しましょう。

実験の1日目、床がツルツルの材質の箱に探索用の物体を置き、マウスを自由に探索させます。これを学習期間(10分)とします。その後、マウスをホームケージに戻して24時間おき、これを休息期間とします。

2日目は、箱の床の半分を前日と同じツルツルの材質、半分を新しいデコボコの材質にし、前日と同じ物体を置き、自由に探索させます。これを試験期間(4分)とします。

するとマウスは、2日目はツルツル床に置かれた物体よりも、初めて触れるデコボコ床に置かれたオブジェクトをより長い時間にわたって探索するという結果が出ました。これは、マウスの新しい環境を好んで探索するという性質に由来すると考えられます。デコボコ床に長く滞在したのは、前日に経験したツルツル床の質感を記憶したうえでの、デコボコ床という新しい質感への「選好性」によるのです。

マウスのこのような知覚記憶をベースに、睡眠が記憶の定着に不可欠であるかどうかが調べられました。

1日目にツルツル床を探索させた後の休息中、マウスのゲージを揺らして学習直後から1時間にわたり断眠させると、2日目のデコボコ床への「選好性」は低下しました。他方、学習直後から6~7時間後に断眠させた場合は、断眠させないケースと変わらず、デコボコ床への「選好性」が見られました。

つまり、1日目のツルツル床の学習が断眠によって定着しなかったため、2日目にツルツル床とは異なる質感のデコボコ床を選ぶという行動が起こらなかったのです。このことは、学習直後の睡眠が、記憶の定着には必要であることを示しています。

人間の記憶と睡眠の関係もこれと同じで、覚えたことや理解したことをできるだけ脳に留めて発揮したいならば、その前夜こそしっかり睡眠をとるべきです。大事なプレゼンや試験前夜の睡眠のたいせつさは、睡眠研究の世界においては常識といえます。