大谷翔平の決勝前の名言「憧れるのはやめましょう」
そんな時期に始まったのがプロも含めて野球世界最強国を決める大会のWBCだ。ご存じのように、この第1回大会(2006年)は王貞治監督率いる日本がキューバを破り、第2回大会(2009年)は原辰徳監督率いる日本が韓国を破って世界一になっている。
この時も日本は快挙に沸いたが、その喜びには若干の割引が混ざる要素があった。本来の実力なら優勝争いに加わるはずのアメリカが第1回大会では第2ラウンド敗退、第2回大会では4位に終わったのだ。
この成績を見ると、アメリカはMLBの一線級を出さなかったのでは、と思われるかもしれないが、そんなことはない。第1回大会は投手では、剛球で知られたロジャー・クレメンスや前年の最優秀救援投手チャド・コルデロがいたし、野手でもデレク・ジーター、アレックス・ロドリゲスといったビッグネームが並んでいた。
第2回も投手では前年17勝のテッド・リリー、野手ではジーターや巧打者ライアン・ブラウンなどがいた。こうした巨大戦力をそろえていながら期待外れの成績に終わったのは、彼らにとって大事なのはMLBでの活躍であり、その前に行われる大会に調子を合わせてこなかったことにあるのだろう。
しかし、WBCも回を重ねるにつれ、アメリカでも重要な大会と認識されるようになっていく。このまま無冠ではいられないと考えられるようになり、第4回大会(2017年)でアメリカは初優勝した。そして連覇を狙って今大会に臨んだ。つまり本気で勝ちにきたMLBの主力選手たちがそろっていたのだ。
アメリカとの決勝の前、大谷翔平が円陣の声出しで語った言葉が注目されている。
「憧れるのはやめましょう」と切り出し、ゴールド・シュミットやマイク・トラウトの名前を出したうえで「憧れてしまっては超えられないので。今日一日だけは彼らの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう。さあ行こう!」(一部抜粋)と続けたのだ。
大谷が生まれたのは野茂がメジャー挑戦を始めた前年の1994年。物心がつき、野球を始めた時にはイチローが活躍し、メジャーに対するコンプレックスは払拭されつつある世代だ。まして大谷自身はすでにメジャーのMVP(2021年)にもなったトップ選手。名前を出したトラウトともフランクに語り合える同僚なのだ。
しかし、「脱・憧れ」という言葉が出るのは大谷ならではのセンスだろう。意識のどこかに、MLBは雲の上の場所、別世界として歩んできた日本球界のことがあり、自分はともかく、共に戦う日本の選手にはビッグネームに対する憧れという思いが芽生え、気後れする部分があるんじゃないかと感じた。また、その奥には自分が目指したMLBに対するリスペクトもあるだろう。だからこそ、大事な一戦の前に、こんなスピーチができたのではないか。
そして、この言葉を聞いた選手たちも、勝つことに集中し、本来の力を出し切れた。
長い間、野球を見てきて、アメリカと日本の実力差を見せつけられてきた身からすれば、この言葉はしみるし、こんなことを言える大谷を改めてすごいと思う。
大谷は試合後、ダルビッシュに「3年後も出よう」と語り、ダルビッシュもその気になったという。優勝が決まる打席で大谷に三振を奪われたトラウトも「まあ、ラウンド1は彼の勝ちってことだね」と語り、さりげなく次回でのリベンジを示唆した。彼らのMLBシーズンでの活躍はもとより、次回のWBCでの対決が楽しみになった。