岸田首相「不法行為認定されやすくなる可能性」

中野さんの事例については国会でも取り上げられている。

1月30日の衆議院予算委員会では、立憲民主党の山井和則議員が中野さんの被害状況をパネルで示しながら「返金逃れを目的とした念書は、念書がない場合よりも逆に勧誘行為の不当性が認められやすくなると考えてよいか。念書のみならずビデオ撮影までされた場合は、違法性を基礎付ける要素が加算され不法行為が認められやすくなるか」と岸田文雄首相に質問した。

これに対し、岸田首相は「個別の事案は裁判によって判断される」と前置きをしながらも「損害賠償請求をしないことや返金逃れを目的とした念書の作成、ビデオの撮影、さらにそのような行為を重ねて行っていることが、むしろ法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、民法上の不法行為が認定されやすくなる場合がある」と答弁した。

この答弁内容を踏まえて最高裁が判決を下すならば、地裁、高裁とは違う結果になるのではないか。

国会の議論に実効性はあるのか

中野さんの損害賠償請求を担当する木村壮弁護士は、政府がこうした考え方を示したことを評価している。

しかし、だからといって楽観視はできない。上告審である最高裁は、さまざまな主張や証拠を取り扱う第一審や控訴審とは違い、法令違反の有無だけを判断する法律審だ。

木村氏は「主張が制限される状況にあるのは苦しい。しかし、法令違反には事実認定の経験則違反もあり、新法解説で重要な経験則が示されたので、これにのっとった判断をしてほしい」と一縷の望みを託す。

中野さんの母は控訴中の2021年7月に91歳で亡くなった。介護施設に入った母は認知症が進み、さらにコロナ禍ということもあり直接の面会ができず、ビデオ通話を通して様子を確認する状況が続いた。十分な意思疎通ができないままに肺炎となってしまったが、それでもこちらの言うことは聞いてくれている気がしていた。「亡くなる前に裁判に勝ったよと言ってあげたかった」と中野さんは悔しさをにじませる。

「私と同じような被害者を出さないためにも、最高裁にはきちんとした判決を下してほしい」。

中野さんと母を翻弄した念書の存在。最高裁がこれまでの地裁、高裁判決を追認するか翻すかは、被害者救済のために費やした国会での議論が実効性を持ったものになるかどうかを端的に表すと言えるだろう。

天国の母の無念に報いることができるかどうか。国会だけでなく司法の場も試されている。

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