地裁は「献金は自由意思」と判断
念書の日付は2015年11月1日。まだ中野さんが弁護士に会う前だ。まるで返還を求められることを予測して、先回りをしているかのようだった。
結局、直接交渉ではらちが明かず、母の献金は訴訟にまで発展することとなる。
中野さんは、旧統一教会が「献金しなければ自分も家族も不幸になり、先祖も救われない」などと母の不安をあおり、社会通念から逸脱した違法な献金をさせたとして、約1億8500万円の損害賠償を求めて提訴した。
しかし、法廷でも大きな壁として立ちはだかったのが、この念書だった。
東京地裁での裁判の中では、教会側が念書について母に質問したビデオを撮影していたことも明らかに。そこには、「返金請求することになっては断じて嫌だということですね」などという質問に、母が単調に「はい」と答える様子が映っていた。
中野さんたち原告側はこれらについて、「当時、母は86歳と高齢で十分な判断能力がなかった」と訴えた。実際に母は念書を書いた約半年後にアルツハイマー型認知症との診断を受けている。
しかし、2021年、地裁は献金が自由意思によるものだったと判断。2022年7月7日の高裁判決も同様の判断を下し、中野さんは連続で敗訴となった。
「裁判所は悪質献金の問題にきちんと向き合っていないのではないか……」
悔しさとともに怒りがこみ上げた。
だが、この翌日の7月8日。安倍晋三元首相が銃撃を受け、状況は一変する。
念書は「正当性を裏付けるもの」ではなくなった
銃撃事件によって旧統一教会の問題は国会でも主要な議題となった。12月には旧統一教会被害者救済法が成立。今年1月に施行され、霊感商法などの不安をあおる不当な勧誘行為が禁止、不安を抱かせて行われた寄付を取り消す「取消権」が新たに行使できるようになった。
しかし、残念ながら救済法は施行前の事案には適用されず、中野さんの訴訟は対象外となってしまった。
一方、この救済法に関する議論の中では、この「念書」に関わる問題について、改めて整理された。その結果、これまでの判決とは違う方向で念書が捉えられるようになったのである。
この救済法について解説した消費者庁の資料では、念書について「寄附の返金を求めない旨の念書は、民法上の公序良俗に反するものとして、無効となり得る」と説明。さらには「『返金逃れ』を目的に個人に対して念書を作成させ、又はビデオ撮影をしていること自体が法人等の勧誘の違法性を基礎付ける要素となるとともに、(中略)損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」とまで言い切ったのだ。
つまり、念書の存在は教会側の「正当性を裏付けるもの」ではなく、返金を阻止しようとする「違法性をあぶりだすもの」に変わったと言えるだろう。