それを言っちゃあおしまいよ……

株式投資の世界だけでなく、「それを言っちゃあおしまいよ…」というツボがどんな業界にも多かれ少なかれ存在する。「誰もが見て見ぬふりをしている根本的な矛盾」といってもよい。本当に考えるに足る本質は、そうした身も蓋もない話の裏側にあるというのが僕の持論である。「それを言っちゃあおしまい」なので、中にいる人たちはその根本的な矛盾を直視しないようにしている。王様は裸なのだが、正面切って「王様は裸だ!」という人はいない。そこにインサイダーの盲点が生まれる。イノベーションは、この盲点を正面から突くことによって生まれることが多い。

拙著『ストーリーとしての競争戦略』にも書いたのだが、ガリバー・インターナショナル創業者の羽鳥兼市さんの話である。かつて羽鳥さんが従来からの中古車のディーラーをやっていた時代、毎朝出勤するときに、自分の中古車展示場の入り口に、威勢のいいのぼり旗がはためいているのが目に入る。右側には「激安販売!」、反対側には「高価買取!」。ありていに言って、矛盾である。羽鳥さんにしても、「どう考えても矛盾しているな…」という疑問が頭をよぎる。しかし、それは一瞬である。中古車業というのは「そういうもの」なのである。だから疑問は一瞬でなかったことにされる。「よし、今日も頑張るぞ!」と日々の仕事が始まる。しかし、矛盾は矛盾である。一瞬だった疑問がだんだん長くなる。そして、あるときついに「買い取り専門」というバイサイドに特化したコンセプトが生まれ、そこから独自の戦略ストーリーが生まれた。

本書が相手にしている株式投資は、身も蓋もないことがことさらに多そうな世界である。カネという本能の中枢部に入り込んでいくほど、「それを言っちゃあおしまいよ…」ということが増えるものだ。カネに限らず、権力とか名誉とか女(男)が絡んでくると、それが人間の本性を直撃する種目なだけに、「わかっちゃいるけど、やめられない」「止めてくれるな、おっかさん」という話が多くなる。

著者の広木氏は、そういう世界のど真ん中で生きる身でありながらも、「王様は裸だ!」と言いまくっている。ストラテジストにありがちな言説のスタイルを批判している部分などは、「それを言っちゃあおしまいよ」のオンパレードで、読んでいて微苦笑が絶えない。たとえば「レンジ予想」。日経平均が1万円のときに今後3カ月のレンジはと聞かれて、9000円から11000円と答えておけばだいたい当たるわけで、そんなもの予想でもなんでもない。しかし、「ストラテジスト」とはそういうことを言う仕事なのである。それから、「仮定」の置き方がひどいという話。たとえば「中東・北アフリカで起きている混乱が、石油輸出国機構(OPEC)最大の産油国であるサウジアラビアに波及すれば、大変なことになるだろう」というコメント。社会科を勉強すれば小学生でもわかるような自明の理である。それが専門家のコメントとして堂々と新聞に載っている。

「不確実性が高い」「可能性がある」という逃げ方をする。トートロジーで人を煙に巻く。こうした一連のストラテジストの手口を著者はバッタバッタと切り捨てる。「なんで株価が下がったのか」「市場が円高を嫌ったからだ」とか、「なんで株価が安定しないのか」「市場でも判断がつきかねているからだ」、これがトートロジー、つまり同じことの言い換えである。これでは結局何も言っていないのに等しい。「相場は調整局面を迎える可能性がある」というふうに「可能性」を論じる場合、せめて可能性は30%とか、可能性は高い(低い)とか、そこまで言わないと意味がない。なぜこんなおかしな話がまかり通っているのか。要するに「予想」という「できるわけがないこと」を求められているのがストラテジストだという、身も蓋もない結論である。