B/Sが読めるのは証券部記者だけ

主要記者クラブが集中する霞が関や永田町は、権力側が発信する情報を漏れなく報じる発表報道の一大拠点だ。新聞各社とも大勢の記者を配置していることから、放っておいても誰かが必ず報じるニュース、つまり共通ネタが中心の世界でもある。ここでは共通ネタを誰よりも早く報じる記者、つまり「発表先取り型」の取材に強い記者が高く評価される。

一般紙と同様に日経新聞も霞が関・永田町発の共通ネタを重視している。そんなことから、専門紙であるにもかかわらず、霞が関報道(経済面)や永田町報道(政治面)では一般紙とあまり変わらない。極論すれば、「発表先取り型」の特ダネにこだわらなければ、通信社電で経済面と政治面を埋めることもできるというわけだ。

日経新聞が一般紙と差別化できる部署は、企業や市場を取材対象にし、主に独自ネタを扱う産業部や証券部、商品部である。たとえば、私も所属したことがある証券部。「権力側(企業側)に食い込んで情報をリークしてもらう」のではなく、財務諸表など公開情報を分析し、企業の実態を伝えるのが主な仕事だ。調査報道の基本も公開情報の分析である。

私が1980年代後半にコロンビア大学ジャーナリズムスクールに留学した際には、経済報道のクラスで最初に渡されたのが証券会社メリルリンチ発行の「バランスシートの読み方」だった。指導教官は「経済報道の基本はまずバランスシートを読みこなすこと」と言った。日経でバランスシートを読むよう求められるのは証券部だけである。

ちなみに、06年に日興コーディアル証券の粉飾決算を特報したことで雑誌ジャーナリズム大賞を受賞した町田徹氏は、オリンパス報道で雑誌ジャーナリズム大賞を受賞した山口氏と同じく、日経新聞証券部の出身である。

70年代前半、ニューヨーク・タイムズのワシントン支局編集部長としてウォーターゲート事件報道を指揮したロバート・フェルプス氏。90歳を超えて当時の回顧録を書いた同氏に「印刷メディアがインターネットに押され、高コストの調査報道が危ぶまれているが、どう思う?」と聞いたら、次の答えが返ってきた。

「印刷メディアかデジタルメディアかといった議論をしても無意味。メディアの形態は重要ではない。調査報道は公共サービスであり、社会にとって必要不可欠。これは未来永劫変わらない」

将来的に印刷メディアからデジタルメディアへ完全シフトしたとしても、新聞の根源的機能である調査報道の重要性は不変であるということだ。必要なのは、調査報道を担える専門性を備えたベテランジャーナリスト。そんなジャーナリストが活躍できる職場である限り、本格的なデジタル時代が訪れても新聞は競争力を維持できる――フェルプス氏はこう言っているのだ。

※すべて雑誌掲載当時

(撮影=市来朋久)
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