認知症の家族の介護では、どんなことに気をつけるべきか。理学療法士の川畑智さんは「規則正しい生活を無理強いしてはいけない。制限をかけるのではなく、本人のしたいようにさせ、適切なサポートをすることが大切だ」という――。

※本稿は、川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)の一部を再編集したものです。

浴室の手すりにつかまる高齢者
写真=iStock.com/manassanant pamai
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認知症ケアの現場で繰り返される入浴拒否

お子さんがいらっしゃる方であれば、登校拒否という言葉には敏感に反応するだろう。しかし、認知症ケアの現場では登校拒否ならぬ入浴拒否という現象が日々繰り返されている。登校拒否をしている子どもに、無理やり学校へ行かせようとしても逆効果であるのはお分かりだと思うが、それは入浴を拒否する認知症の方にとっても同じことである。無理強いされればされるほど、その態度は急速に硬化していくのだ。

お風呂嫌いの湯川さんを、どうにか定期的に入浴させたいという思いで、湯川さんの家族はデイサービスの利用を決めた。湯川さんは72歳で身体は元気ではあるが、少し認知機能の低下が見られるという状態だ。「私、汚れてないし臭くないから」というのが湯川さんの口癖だった。

確かに人間は、汗をかかなければ、洋服さえ着替えておけば、多少お風呂に入らないくらいでは臭くならないものだ。しかしながら、家族からスタッフに課されたミッションは、入浴をさせること。だからどんな理由があれ、これは必ず達成しなければならないとスタッフは意気込むのだ。

お風呂に入らないための最強のキーワード

「湯川さん、お風呂に入りましょう!」と、スタッフから声をかけられても、湯川さんは案の定色んな言い訳をして拒否してくる。スタッフも家族からの強い希望がある以上、負けずに毎回あの手この手を使って誘導しようとする。「お願いですから、私のために入ってください」なんて訳の分からない理由をつけるものだから、「どうして、あなたのためにお風呂に入らなきゃいけないの?」と猛烈な反発に遭い、作戦はことごとく失敗する。お風呂に入るメリットが本人に全くないのだから、この結果は至極当然のことである。

それでも、午前中の入浴タイムに全てを済ませる必要があるため、スタッフの声かけは執拗に続いた。すると湯川さんは、これまでの言い訳では生ぬるいと判断したのだろう、「私、風邪気味だからお風呂はやめておくわ」という理由を口にするようになってしまった。これではスタッフは手も足も出ない。こうして湯川さんは、自分を守るための最強のキーワードを手に入れたのだった。