会話を大切にすることが人間関係を構築する

「まずは、今の湯川さんの状態をご家族に説明するのが先決ですね」と伝え、私は次のような提案をした。なぜ一切入らなくなってしまったかの事件の経緯、これからしばらくの間、お風呂に入らないことを家族に覚悟してもらうこと、その代わり温かいタオルで毎回身体を拭く、この3点を理解してもらいつつ様子をみようということでまとまった。

意外なことに、洋服をめくって身体を拭くというのは、いやがらずにやってくれた。どうも洋服を全部脱ぐことが湯川さんにとって負担になっていたようだ。身体を拭くことを1カ月間続けたあと、次のステップとして、足湯の気持ちよさを体験してもらうことにした。

それらを行うときに、会話一つ一つを大切にしてほしいということもスタッフに伝えた。熱くないですか、痛くないですか、大丈夫ですか、たとえ分かっていたとしても、必ず聞くことが重要なのである。なぜなら、これを徹底することで人間関係を構築していけるからだ。それが良かったのか、足湯も湯川さんはすんなりと入ってくれた。

入浴拒否のきっかけ

しばらくしてから、奇跡が起きた。「明日はお医者さんの診察があるそうですよ。きれいにしましょうか?」とスタッフがさりげなく言ったところ、「そりゃきれいにしておかないと、先生に失礼だもんね」と、あんなにいやがっていた湯川さんが、自らお風呂に入ると言ってくれたのだ。

実はこれも作戦の一つ。診察とは名ばかりで、白衣と聴診器を身につけたスタッフが回診の真似事をしているだけなのだが、定期的に医者が来るというストーリーを事前に湯川さんの耳に入れておいたのだ。そこから湯川さんは徐々にではあるが、入浴してくれるようになった。

湯川さんの場合、汚れてないから入りたくないと言っていたが、実際のところ、お風呂に入ったときに何をしていいか分からなくなってしまったことが、入浴拒否のきっかけだった。シャンプーのボトルが分からない、シャワーの使い方が分からない、お風呂から上がったときに何を着ればいいのか分からない。お風呂に入るたびに混乱することがたくさんあり、疲れてしまったのだ。実はこのような理由で、入浴拒否をする高齢者の方はとても多い。