スタッフの強硬手段が心を閉ざしてしまった

入浴できませんでした、という報告が少しずつ増えていくにつれ、湯川さんの家族からは、「これじゃ何のためにデイサービスに預けているか分からんじゃないか」と怒られるようになってしまった。本人の希望で入浴させることができないとはいえ、家族の要望を満たしていない以上、スタッフとしてもバツが悪い。「孫の結婚式が控えているから、次は絶対に入れてほしい。お願いしますよ」と念を押されてしまった。

そして数日後。これまでの汚名を返上するべく、スタッフはついに強硬手段に出た。「今日は入る日って決まっているんです!」と言って、いやがる湯川さんを無理やりお風呂場に連れて来て、「ここまで脱いだから、もう入ってしまいましょうね!」と、3人がかりで入浴させてしまった。そのやり方が良くなかった。それからというもの、湯川さんは一切お風呂に入らなくなってしまったのだ。それまでは、拒否をしつつも数回に一度は入ってくれていたのに。

上機嫌でお風呂に入ることもあった

そうして私のところに相談が来た。入ってくれたときはどういう状況だったのかと質問すると、「温泉は好きですか? 気持ちいいですよねとか、私と一緒に入りませんか? と声をかけたときに入ってくれました」とスタッフは答えた。聞けば、素敵なあなたが背中を流してくれるんだったら入ろうかしら、と上機嫌のときすらあったそうだ。

やはり、頑なな気持ちは、温かい言葉で溶けていくもののようだ。しかし残念なことに、たった一回の強制連行のせいで、開きかけていた心の扉は固く閉ざされてしまい、一筋縄では開けることができなくなってしまった。

戦う老若男女の手
写真=iStock.com/kazuma seki
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現在の本人の様子を尋ねると、お風呂の「お」の字を聞いただけでも拒否反応を示すようになったという。「とはいえ、ご家族の希望もあるので、お風呂には入れたいのですが、もう八方塞がりです」とスタッフは嘆くばかりだった。