注意喚起のキャンペーンを開始したが…

ソフィアさんは「スナップチャット」というアプリでフェンタニル錠剤を購入したが、これを使えば、買い手を探している売人に匿名で、「ファイア」などの絵文字を送るだけで薬物を入手できるという。実は彼女は親の知らないところで、さまざまな違法薬物に手を出していたのだ。

フェンタニルによる犠牲者が続々と出る中で、ソフィアさんは幸運だったが、それでもこの経験は彼女の心に深い傷を残したようだ。

彼女は「本当に大変なことをしたと思っています。罪悪感というか……。私と同じ世代の人が薬物の過剰摂取でたくさん死んでいるわけですよね。でも、私はたまたま助かった、なぜなんだろう? 今は、せっかく助かった命を無駄にしないように考えるようにしています」と語った(同前)。

ソフィアさんの父親はその後、「娘に何が起きたのかを多くの人に知ってほしい。他人事だと思ってほしくない」と考え、若者や保護者にフェンタニルの危険性を訴える活動を始めたという。また、薬物取引の新たな横行を受けて、DEAはSNS上で使われる絵文字の暗号解読表を若者の親や保護者向けに発表し、フェンタニルの危険性を注意喚起するために、「1錠で命を落とす(One Pill Can Kill)」キャンペーンを開始した。

しかし、フェンタニルの過剰摂取で命を落とす人は一向に減る気配はない。なぜなら、大量のフェンタニルが毎日メキシコ国境を通過して持ち込まれているからである。

政治家や裁判官を買収するメキシコのカルテル

米国で使用されるフェンタニルのほとんどはメキシコから密輸されているが、それを作っているのは同国最大級の麻薬組織「シナロア・カルテル」だ。

もともとメキシコには麻薬組織がいくつも存在し、数十年前から組織間の縄張り争いや政府の取り締まりに対抗する「麻薬戦争」が行われてきた。この戦いで殺されたり、行方不明になったりした人は一般市民も含めて10万人を超えるといわれているが、それを制してナンバーワンの組織になったのがシナロア・カルテルである。

同カルテルは世界50カ国以上で活動しているというが、その中心は米国であり、米国内のヘロインやメタンフェタミンなどの違法薬物の主要な供給源となっている。その経済的規模は不明だが、組織のボスの「エル・チャポ(ちび)」ことホアキン・グスマンが米経済誌『フォーブス』の「世界のビリオネア(長者番付)」に載ったことなどから推測すると、莫大ばくだいな利益を上げていると思われる。

ホアキン・グスマン
写真=AFP/時事通信フォト
メキシコの麻薬組織「シナロア・カルテル」の「麻薬王」ホアキン・グスマン(通称エル・チャポ)受刑者(2016年1月9日、メキシコ・メキシコ市)

麻薬で得た利益で政治家や警察官、裁判官らを買収して法の目を逃れ、一国の軍隊並みの戦闘部隊を備えているのである。