脳が1秒あたりにスキャンできるオブジェクトの数は平均で30~40個ほどでしかなく、それなのに外界からのインプットをすべて処理していたら、ほどなく神経系はオーバーワークですり切れてしまうでしょう。
この問題を防ぐために、ヒトの脳は、不要なデータを次々と捨てるように進化しました。私たちが「金の生る木」に気づけないのは、紙幣の情報が目から入ってきても、「木にお札などついているはずがない」と判断した脳が、すぐにデータを消したからなのです。
要するに、非注意性盲目は私たちを情報過多から守ってくれる大事なシステムなのですが、同時にこの機能は、私たちを運から遠ざける副作用もあわせ持ちました。
せっかく視野を拡大したのに、いざ目の前に出現した「金のなる木」に気づけないのでは意味がありません。「察知力」を重要視するゆえんです。
問いが問いを生む体験が察知力を高める
では、その察知力を高めるためには何をしたらいいのでしょうか。
ぜひ取り入れてほしいのが「Qマトリックス」です。もともとはカリフォルニア大学の教育学チームが開発したテクニックで、私たちが日常的に使う質問のパターンが36種類にまとめられています。
その効果を確かめたデータも豊富で、Qマトリックスでトレーニングを積んだ学生は、みな一様にメタ認知の使い方が上手くなり、学校の成績が上がったとのことでした(9)。
Qマトリックスは6×6のブロックで構成され、それぞれに特定の質問が配置されています。4段階の質問レベルがあり、レベルが上がるほど分析力と想像力を必要とするような、より高度な問いを引き出します。
たとえば、「空(そら)」というテーマについてレベル1で考えてみると、「空にはなんの色があるか?」(1のセル)、「いまの空は昔の空と何が違うのか?」(7のセル)のように問いを立て、深い思考を引き出すトレーニングを行う方法です。
不運を嘆いても幸運はつかめない
詳しくは拙著『運の方程式』に譲りますが、最大の利点は、問いが問いを生む体験を重ねることができ、脳が身の周りの小さな変化に注意を向けるのがうまくなり、そのぶんだけ察知力を高めることができるようになります。
あなたも常々「ツイてない」「運が悪い」と思っていたら、視野拡大アクションリストやQマトリックスを試してみてください。
そして自分の境遇をただ嘆くのではなく、自分の力で不運をはねのけていっていただけると、私としてもとても嬉しいです。
参考文献・注釈
(1)ダニエル・ハマーメッシュ『美貌格差―生まれつき不平等の経済学』東洋経済新報社(2015)
(2)Lubinski D, Benbow CP. Study of Mathematically Precocious Youth After 35Years: Uncovering Antecedents for the Development of Math-Science Expertise. Perspect Psychol Sci. 2006 Dec;1(4):316-45. doi: 10.1111/j.1745-6916.2006.00019.x. PMID: 26151798.
(3)Laham, S.M., Koval, P., & Alter, A.L. (2012). The name-pronunciation effect: Why people like Mr. Smith more than Mr. Colquhoun. Journal of Experimental Social Psychology, 48, 752-756.
(4)Chai J, Qu W, Sun X, Zhang K, Ge Y. Negativity Bias in Dangerous Drivers. PLoS One. 2016 Jan 14;11(1):e0147083. doi: 10.1371/journal.pone.0147083. PMID: 26765225; PMCID: PMC4713152.
(5)Stephens, Amanda & Trawley, Steven & Madigan, Ruth & Groeger, John. (2013). Drivers Display Anger-Congruent Attention to Potential Traffic Hazards. Applied Cognitive Psychology. 27. 178-189. 10.1002/acp.2894.
(6)Briggs, G. F., Hole, G. J., & Land, M. F. (2011). Emotionally involving telephone conversations lead to driver error and visual tunnelling. TransportationResearch Part F: Traffic Psychology and Behaviour, 14(4), 313-323.
(7)Hyman, I. E., Jr., Sarb, B. A., & Wise-Swanson, B. M. (2014). Failure to see money on a tree: Inattentional blindness for objects that guided behavior.Frontiers in Psychology, 5, Article 356.
(8)Strayer, David & Drews, Frank. (2007). CellPhone-Induced Driver Distraction. Current Directions in Psychological Science - 16. 128-131. 10.1111/j.1467-8721.2007.00489.x.
(9)King, A. (1992). Facilitating elaborative learning through guided student-generated questioning. Educational Psychologist, 27(1), 111-126.