なぜ長年連れ添った夫婦が離婚するのか。東京大学名誉教授で精神科医の加藤進昌さんは「夫が発達障害を抱えている可能性が考えられるが、本人すら気付いていないケースは多い。他者に共感するのが苦手なため、夫や父親らしいことができず、その積み重ねが夫婦の危機に繋がってしまう」という――。

※本稿は、加藤進昌『ここは、日本でいちばん患者が訪れる 大人の発達障害診療科』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

ベッドに座っている高齢の男性
写真=iStock.com/Dean Mitchell
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「家庭を顧みない=思いやりがない」とは限らない

近年、発達障害のパートナーとコミュニケーションが円滑にとれないことに悩み、ストレスのあまり不安や抑うつなど、心身に不調をきたした状態に陥る人が増えています。

このような状態は「カサンドラ症候群」と呼ばれ、メディアにもよく取り上げられていますが、「カサンドラ症候群」という名称は正式な病名ではなく、通称です。

カサンドラとは、ギリシャ神話に出てくるトロイの王女の名前です。カサンドラは予知能力をもっていましたが、アポロン神に呪いをかけられ、自分の予言を誰にも信じてもらえなくなり、悲劇の予言者となりました。

発達障害のパートナー(主に男性)をもつ人(主に女性)も、カサンドラと似たような経験をします。

たとえば、育児や子どもの教育のことで夫に相談してもまったく親身になってくれない、家族が病気で具合が悪くても心配ひとつせず、パソコンゲームに没頭している(具合が悪くてもどうしていいかわからないから)、といった例があげられます。

ASD(自閉スペクトラム症)の人は他者と共感することが苦手なため、家族の気持ちや状況に配慮することができません。

しかし、その特性を知らずに、家族思いの振る舞いをしてくれるものと期待していた妻は、家庭の事情をまったくといっていいほど気にかけないASDの夫を、「思いやりのない人」「自分勝手な人」ととらえ、そんな夫に苦しめられていることに被害者意識を覚え、ストレスを抱えるようになります。

「あなたの要求が高すぎるんじゃない?」

ところが、そうした実態を知人に打ち明けると、「そんな話、嘘でしょ?」と信用してもらえないのです。ASDの人は、高学歴で知性が高く、物静かで、関わりの薄い人から見ると、とても問題を起こしそうには見えません。

こういう夫婦関係でよく問題になる「不倫」は、ASDの人に関してはほぼ無縁でしょう。

また、“家庭を顧みない夫”などめずらしくありませんから、家庭内でコミュニケーションがうまくとれないという程度の問題は、たいしたことではないと笑い飛ばされてしまうのです。

そして、「あんなにいいご主人に、何の不満があるの? あなたの夫への要求が高すぎるんじゃない?」とか、「あなたの言い方や態度に問題があるんじゃないの?」と、逆に、妻側に問題があるのではないかと指摘されてしまうのです。