それを聞いた警察官が引き上げたのを確認すると、男はこう言った。

「ここで俺が手を出したら、俺が悪くなって捕まっちまうんだよ」
「俺は暴力団の一員だ。お前と、お前の家族も全員ぶち殺してやるからな!」

血の気が引いた。正直、「バカ」とか「死ね」と言ってくる人はたくさんいる。暴言を吐かれることにも慣れている。なので、先程までは少し長引いているくらいにしか思っていなかった。しかし、ここで空気が変わった。駅には防犯カメラがあり、その前で暴力を振るったら、証拠が残ってしまう。だからここでは手を出さない。

そして私単体ではなく、「お前と、お前の家族」を殺すと言っている。家族にまで殺意を向けられたのは、後にも先にもこの1回だけだ。これは本気であることが伝わってきた。この男は、本当に証拠が残らない方法で私や家族を殺しに来るかもしれない……。

トラブル発生から30分ほど経ったとき、その男に電話がかかってきた。直前まで怒り狂っていたのだが、男は通話しながらどこかに行ってしまった。誰かと待ち合わせをしていたのだろうか。

鉄道は客を選ぶことはできない

鉄道を利用する人は、「何時にどこに行きたい」という目的をもっている人がほとんどだ。

新宿駅の改札を歩く人
写真=iStock.com/FhaSud
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だから長時間苦情を言い続けて立ち去らない人は珍しく、気が済んだら大抵は去っていく。このときは数十分対応することになったが、駅で起きる苦情は時間が解決することが多い。

鉄道は、運賃を支払えば誰でも平等に利用することができる。それが、公共交通機関としての役目である。自分が嫌っている人も使うし、反社会勢力の一員であっても使うし、逃走中の犯罪者も使う。

こちらから客を選ぶことはできないのは小売店も同じなのだが、絶対数が違う。このときのように特殊な相手に対応することは滅多にないが、「もしかしたらそういう場面に遭遇するかもしれない」という覚悟も必要だ。

この日から1週間ほどは、一人で歩いていると「殺されないか」と不安だった。周囲の状況に大変気を遣ったが、何事もなく生還できた。「殺すぞ」と言われると委縮してしまうが、大抵の場合は本当には殺されない。

でも「もしも」があるかもしれないのも、事実である。

「あそこに倒れている人がいます!」は一大事

「すみません、あそこに具合が悪そうな人がいます!」

駅員が困るセリフトップ3くらいには入るだろう。乗客からしたら、具合の悪そうな人を見かけてどうしていいか分からず、とりあえず駅員に知らせたというところだろう。