乗客を待たせてしまう理由

ではどうするのかというと、二人で作業を行うのだ(*)。一人は拾得に専念し、もう一人は見張りに専念する。これにより、安全に拾得することができる。

*筆者註:二人で作業……この作業手順はあくまでも私が所属していた会社のもので、会社ごとに多少の作業手順の違いはあると思われる。

しかし、私の勤務駅には改札に駅員は一人しかいない。でも落とし物を拾得するには2名必要になる。そうなると、休憩中の同僚を呼びつつ、有人改札は無人にするしかない。休憩中の同僚を呼ぶために1~2分かかる。

同僚が手を放せないときは、一人で作業する方法もある。指令所に連絡し、駅に電車が入ってこないようにするのだ。これはこれで、駅から指令所に連絡、指令所から運転士に連絡といった手順を踏むのでGOサインが出るまで少々時間がかかる。

これだけ時間がかかるとなると納得いかないという人が大半だろう。

「今は電車来ないから取れますよね?」

ある日も、乗客から線路内に携帯電話を落としたと申告を受けた。乗客にとって大事なものなので、なるべく早く拾得してあげたい。そのためこう考えた。

無線で休憩中の同僚に連絡を入れる。

「こちら綿貫です。線路内に落とし物で、1番線の中ほどとのことです。私は先に行ってますので、準備でき次第来てもらえますか?」

私と乗客で先に現場に行き、詳しい場所を確認しておくことにした。

「携帯電話を落とされたのはどのあたりですか?」
「えーっと、あ! ここです、ここで落としました!」

事前に把握できたので、あとは同僚の到着次第拾得に入るだけだ。

「安全のため一人では拾得作業ができませんので、もう一人到着するまで少々お待ちいただけますか? もうすぐ来ますので」
「今は電車来ないから取れますよね? 急いでるので早めに取りたいのですが」
「その通りなのですが、万が一……あっ!」

その瞬間、乗客はホームから線路に飛び降りて自力で携帯電話を拾得、そしてものの5秒も経たないうちにホームに戻り、去っていった。

駅で歩いている女性
写真=iStock.com/AH86
※写真はイメージです

電車が来ていなくても線路内は危険

本来は乗客が線路に降りた時点で非常停止ボタンを押し、電車を止める必要があるが、あまりにも一瞬だったためできなかった。

しかももう戻ってきているので今さら電車を止めても意味がない。しかし、もしここで乗客が電車に轢かれるなんてことがあったら私も責任を問われたかもしれない。それ以降、二人が揃ってからでないとホームへは行かないと考えを改めた。

安全を確保するため、時間をかけて拾得を行う必要はもちろんあるが、やろうと思えば乗客が線路に降りて5秒程度で拾得できてしまうというのも事実である。