2020年、新型コロナウイルスの影響で、多くのスポーツは試合中止や無観客試合を余儀なくされた。このうちJリーグは、有観客試合の開催に向けて、日本野球機構(NPB)と会議を重ねていたという。チェアマンを4期8年務めた村井満さんに、ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第21回)
2014年にチェアマンに就任した村井満さん
撮影=奥谷仁
2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。

きっかけはジャイアンツオーナーの視察だった

――もうすぐJリーグも新しいシーズンが始まります。ウィズ・コロナが定着し、さまざまな制限がないJリーグが戻ってきそうですね。

【村井】結局、3年以上かかったわけですが、ここまでの道のりは、NPB(日本野球機構)さんとの連絡会議を抜きには語れません。JリーグだけでやってもNPBだけでやっても、きっとうまくいかなかった。2年弱の間に40回を数えた連絡会議でわれわれは実にさまざまなことを話し合い、そして決断してきました。

――連絡会議の発足はどのような経緯ですか。

【村井】あれはコロナ発生前、Jリーグが2019年シーズンの終盤に差しかかった頃でした。読売ジャイアンツのオーナーで読売新聞グループ本社の社長でもある山口寿一さんが「V・ファーレン長崎を視察したい」と言ってこられました。

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「ジャイアンツといえば東京」と思っていた私は「なんで長崎なんだろう」と思いましたが、「ジャイアンツの経営を全国規模で考えた時、地域とのつながり、絆の作り方をJリーグから学びたい」というご意向と聞きました。「巨大な全国紙の社長というのはすごいものだな」と感心していました。ぜひ一度、シーズンが終わったら直接お会いして感想を伺いたいと翌年の2月27日にお会いする約束を取り付けていたのです。

Jリーグの考え方を説明したら「一緒にやりましょう」

――年が明けると日本でも新型コロナの感染拡大が始まります。

【村井】そうです。それでJリーグは、2月25日に第2節以降の中断を決定するわけです。その時、川淵三郎キャプテンから「スポーツ界で一番最初に中断を決めたのだからNPB、相撲協会、Bリーグといった他の競技の団体に一言、伝えておいたほうがいい」とアドバイスをいただき、NPBと連絡を取ったところ、2日後に山口さんとのアポイントが入っていることに気がつきました。

それで予定通り27日に読売新聞の本社を訪ねて「Jリーグはこういう考え方で中断の意思決定をしました」と直接ご説明したところ、山口さんのほうから「情報交換をして一緒に対策をやりませんか」とお誘いがあり、「ぜひやりましょう」と二つ返事で合意しました。