2020年2月、Jリーグは新型コロナウイルス感染防止のため、4カ月間にわたりすべての試合を中止した。この時Jリーグの当事者はなにを考えていたのか。チェアマンを4期8年務めた村井満さんに、ジャーナリストの大西康之さんが聞いた――。(第20回)
2014年にチェアマンに就任した村井満さん
撮影=奥谷仁
2014年にチェアマンに就任した村井満さん。任期最終年の2021年には毎週1枚の色紙を用意して、朝礼を開いた。

「究極のジレンマ」みたいな状況だった

――Jリーグにはクラブ、選手、サポーター、地域などさまざまなステークホルダー(利害関係者)がいます。その利害を調整するチェアマンの仕事というのは、とても複雑でデリケートですよね。

【村井】究極のジレンマ、みたいな状況によく立たされましたね。例えば新型コロナウイルスの感染が拡大した時は、出口のない混沌こんとんの前に立たされているようでした。一方に「こんなとんでもない時にサッカーなんかしてる場合か」という意見があります。もう一方には「一日も早く試合を再開しないとクラブが潰れてしまう」という事実があります。この二律背反をどう解くか。

まずはお客さんの命を守る。判断の基準にしたのは「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」というJリーグの理念です。「国民の心身の健全な発達に寄与」するJリーグが、お客さんの健康や命を危険にさらすわけにはいきません。

Jリーグは2020年2月25日にすべてのゲームの中止を決定しました。4カ月の中止期間、クラブには収入が入らないわけですから、経営はとても厳しい。われわれJリーグも本部であるJFAハウスの8階、9階のうち8階を大家さんのJFA(日本サッカー協会)にお返しし、リモート中心に移行しました。

正が感染対策、反が経済対策なら、「合」をどうするか

――村井さんも在宅の仕事が増えたらしいですね。

【村井】ええ、家にいる時間が長いので読書の時間が増えました。本棚からヘーゲルの本なんかを引っ張り出して読み返していたんです。それで久しぶりに「アウフヘーベン(弁証法)」なんて言葉にぶつかりまして。

【連載】「Jの金言」はこちら
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――正、反、合ってやつですね。

【村井】そうそう。テーゼ(正)があって、それに対するアンチテーゼ(反)があって、それが本質的に統合された一つ上の段階のジンテーゼ(合)に至る、というあれです。コロナ対策でいうとテーゼが感染防止、アンチテーゼが経済対策。Jリーグの課題は相反する2つの課題をどうやってジンテーゼに持っていくことでした。

まずテーゼの感染防止で試合を中止しました。そこから少しアンチテーゼに寄せて無観客であったり、入場制限付きではありますが試合を開催するようになります。チケット収入は大幅に減少しますが、ネットでは配信できるので視聴機会は維持できます。

そうしたら面白いことが起きて、アイドル・コンサートのネット配信なんかで、ファンがネットを通じて投げ銭をする仕組みがありますよね。あれで熱心なサポーターが投げ銭をしてくれたのです。