「究極のジレンマ」みたいな状況だった
――Jリーグにはクラブ、選手、サポーター、地域などさまざまなステークホルダー(利害関係者)がいます。その利害を調整するチェアマンの仕事というのは、とても複雑でデリケートですよね。
【村井】究極のジレンマ、みたいな状況によく立たされましたね。例えば新型コロナウイルスの感染が拡大した時は、出口のない混沌の前に立たされているようでした。一方に「こんなとんでもない時にサッカーなんかしてる場合か」という意見があります。もう一方には「一日も早く試合を再開しないとクラブが潰れてしまう」という事実があります。この二律背反をどう解くか。
まずはお客さんの命を守る。判断の基準にしたのは「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」というJリーグの理念です。「国民の心身の健全な発達に寄与」するJリーグが、お客さんの健康や命を危険に晒すわけにはいきません。
Jリーグは2020年2月25日にすべてのゲームの中止を決定しました。4カ月の中止期間、クラブには収入が入らないわけですから、経営はとても厳しい。われわれJリーグも本部であるJFAハウスの8階、9階のうち8階を大家さんのJFA(日本サッカー協会)にお返しし、リモート中心に移行しました。
正が感染対策、反が経済対策なら、「合」をどうするか
――村井さんも在宅の仕事が増えたらしいですね。
【村井】ええ、家にいる時間が長いので読書の時間が増えました。本棚からヘーゲルの本なんかを引っ張り出して読み返していたんです。それで久しぶりに「アウフヘーベン(弁証法)」なんて言葉にぶつかりまして。
――正、反、合ってやつですね。
【村井】そうそう。テーゼ(正)があって、それに対するアンチテーゼ(反)があって、それが本質的に統合された一つ上の段階のジンテーゼ(合)に至る、というあれです。コロナ対策でいうとテーゼが感染防止、アンチテーゼが経済対策。Jリーグの課題は相反する2つの課題をどうやってジンテーゼに持っていくことでした。
まずテーゼの感染防止で試合を中止しました。そこから少しアンチテーゼに寄せて無観客であったり、入場制限付きではありますが試合を開催するようになります。チケット収入は大幅に減少しますが、ネットでは配信できるので視聴機会は維持できます。
そうしたら面白いことが起きて、アイドル・コンサートのネット配信なんかで、ファンがネットを通じて投げ銭をする仕組みがありますよね。あれで熱心なサポーターが投げ銭をしてくれたのです。