※本稿は、江本孟紀『野村克也解体新書 完全版 ノムさんは本当にスゴイのか?』(清談社Publico)の一部を再編集したものです。
対抗すればするほどハマる「ささやき戦術」
長嶋さんと王さんには、ささやき戦術が通じなかったのは有名な話だ。
馬耳東風の長嶋さんは、とにかく人の話を聞かないので通じようがない。王さんの集中力は尋常でないので、ささやきぐらいではバッティングが乱れることはないのだ。
いろいろな選手が野村監督のささやき戦術に対抗したが、みんな敗れた。
対抗しようと思うこと自体、そもそも苦手意識があり、対策を考えようと思う時点で、すでに野村監督の術中にはまっているということなのだ。
東映の大杉勝男は、「うるせえ!」と怒鳴った。それに対して「先輩に向かってなんてこと言うんだ!」と野村監督は怒鳴り返した。大杉さんの冷静さをなくすために、わざとケンカ腰になって挑発したのだ。カッカしてしまってはうまく打つことなんてできない。
同じく東映の白仁天は耳栓をして打席に入った。耳栓をしても小さく聞こえてしまうし、そんなことをしてバッティングに集中できるはずもなく、簡単に打ち取られる。
張本さんのことはすごく怖がっていた
ある試合で、野村監督が立ち上がって両手をバタバタした。あとで訊いたらバッターが屁をしたという。ささやきに対抗しておならとは、おおらかな時代だ。
張本さんは野村監督のミットをバットで叩くという方法を取った。インコースにミットをかまえたときに、わざと空振りして左腕を伸ばしミットを叩く。野村監督はそれを何度もやられてすごく怖がっていた。ささやきに対抗というか、張本さんはそうやってきらいなキャッチャーを牽制していたのだ。
野村監督は「そうきたか。じゃ次はこうしよう」というスタンスで、ある種の余裕を持ってバッターとのかけひきを楽しんでいた。だから必死に対抗しても勝てないのだ。
そのへんは麻雀の打ち方と近いものがある。野村監督はわりと麻雀が好きだったので、よくいっしょに遊んだ。慎重でねちっこい麻雀だったが、強かったという記憶はない。でもボロ負けはしなかった。勝ちにこだわるよりもかけひきを楽しんでいたのだろう。ちなみに江夏は勝つまでやめなかった。