「技術の前では平等」

しかし、それほど長い時間を待たず、チームの雰囲気は変化する。

後藤は、浅木に判断を仰ぐために膨大な業務が降りかかることを危惧していた。大量の資料作り、そのための情報収集、説明材料の準備……。しかし、それは杞憂きゆうに終わる。

「浅木さんは、広く意見を吸い上げるための労力をまったく惜しまない人でした。そこがすごいところです。どこにでも顔を出して、気安く声をかける。F1のリーダーは、ものすごい量の情報を吸い上げなければなりません。その理解力が高いのです。さらに、物事を俯瞰する能力も高い。高い視点から、攻め所を見出す能力が突出しています」

テストで浅木と口論になった丸山。彼も徐々に、浅木の真意を理解していく。浅木とトラブルを起こしたからと言って冷遇されることもなかった。

「浅木さんは基本的に大物ですね。少しぐらい歯向かったり、言葉使いがなっていなかったりしても、全然気にしない。逆に、自分に尻尾を振ってくるような人たちは、相手にしていなかったと思います」

原田も浅木の懐の深さをこう回想する。

「当初は、設計部門で反発していた者が多かったのは事実だと思います。でも、半年後位には全然雰囲気が変わって、チームがまとまってきているのを実感しました。その頃、浅木さんに『もう睨みつけるなよ』と笑われました」

浅木は丸山や原田をはじめ、言いたいことを率直に言うエンジニアを認めた。

それは「技術の前では平等」だというホンダの伝統が生きている証左である。この伝統を受け継いだエンジニアたちは、F1からの撤退が決まっても悲願のワールドチャンピオン獲得に向けて、最後まで研究開発に没頭し続けた。

F1撤退の最終戦ではホンダ本社に感謝を伝えるメッセージが掲げられた
F1撤退の最終戦ではホンダ本社に感謝を伝えるメッセージが掲げられた(写真提供=『ホンダF1 復活した最速のDNA』より)

「三現主義」の体現者

浅木の信念は、本田宗一郎の信念とも重なる。

「ホンダには『三現主義』という言葉があります。現場・現物・現実です。浅木さんはその三現主義を体現している人で、自席にゆっくり座っていることはなく、本当に現場に足を運ぶことをまったくいとわないのです」

そう話すのはターボチャージャー担当の乙部隆志である。

「テストでターボチャージャーやMGU-Hを回していて、新しい仕様の結果が出るタイミングや、たまたま壊れてしまったタイミングなどの『鼻が利く』といいますか、そういうタイミングで浅木さんがテスト現場に来ちゃうんですよ。そうすると、何が起こっているかについて説明しなければならないので、定例会などみんなが集まって結果を報告する前の段階で、すでに浅木さんはすべてを知っている状態になっているのです」

失敗からイノベーションを起こし、未来のホンダの基盤を確立する。そのチャレンジ精神は、言うは易し、行うは難しである。