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情報リテラシーを鍛えるだけでは真偽は見抜けない

情報の真偽をどう見抜くか。これは正直、難しいです。膨大な量の“情報”が渦巻く現代です。何が正しくて、何が虚偽の情報なのか、100%見抜ける人間なんて存在しません。よくインテリたちは「情報リテラシーを鍛えろ」とか「正しい情報だけを見抜け」とか言うでしょう。でもそういう人に限って実践できていないもの。「できる」と断言する人間がいたら、それこそ“フェイク”ですよ(笑)。

若い男の叫び、メガホンを用いた偽サイン
写真=iStock.com/airdone
※写真はイメージです

むしろ、「ニセ情報をつかまされている」ことを前提に判断する覚悟が必要です。もちろん「正しい情報」だけを吸い上げたい気持ちは僕も一緒です。不確かな情報に振り回されたくない。それでも目の前の情報が「フェイク」なのか「真実」なのか、現地に赴かないと確認が取れない場合や、確認しようにも数カ月を要するケースも多いでしょう。そのときに「正しい情報だけをつかむ」ことを前提にしていては、重要な決断も行動もタイミングを逸してしまいます。

とはいえ一国のリーダーや会社のトップが、「ニセ情報」に踊らされて、決定的に判断を誤るのも避けたいもの。

過去には日本でも、政治における「ニセ電話」や「ニセメール」事件が起きました。たとえば1976年には、ロッキード事件に絡み、当時の三木武夫首相宅に「ニセ電話」がかかってきました。京都地方裁判所の判事補が、検事総長を名乗り首相に取り次ぐよう秘書に依頼し、首相が応答したのです。2006年にはライブドア事件に絡み“堀江貴文氏からのメール”なるものが国会を騒がせました。堀江氏が自らの衆院選出馬に際し、当時の武部勤自民党幹事長の次男に“選挙コンサルタント費用3000万円”を振り込むよう指示したとされるメールを、民主党の永田寿康議員が“入手”し、証拠として国会に提出し、糾弾したのです。

結果的にどちらの事件も「フェイク」であったことが後に判明しましたが、ここまでの大事件に発展せずとも、皆さんも日々、大量のネットニュースやSNSで判断が狂うことはありますよね。新型コロナにまつわる“健康情報”には、多くの人が翻弄されたはずです。

人間には、見たいものを見たがる習性がありますし、理性より感情のほうがとっさの行動にも結び付きやすい。日頃注意深い人も、目の前に“見たい情報”がかざされれば、つい発信源を確かめずに飛びついてしまいがちです。

では、そのような場合、どのように判断していけばいいのでしょうか。

僕がお勧めしたいのは、証拠・情報の「信用度のランク付け」です。この連載でも再三お伝えしてきたことですが、「正解がわからない中で決断するには、手続き・プロセスを踏むしかない」という法則を今回も採用します。