一度出世コースから外れると復活できない
「挑戦しないほうが得」なのは、会社のなかも同じだ。
かなり古いものだが、日本企業の昇進システムを「キャリアトリー法」という手法を使って分析した花田光世の研究がある(※2)。
この研究によると、能力差のある大量の新卒を採用している企業では、第一次選抜に入っていなければその後の昇進・昇格は大幅に遅れることが決定的であり、その後も一度競争から脱落すると一定の地位までしか昇進できない可能性が高い。
現在は当時と比べて敗者復活のできる企業は増えているものとみられるが、それでも伝統的な製造業や金融機関のなかには、いったん出世コースから外れると復活が実質上困難なトーナメント型の人事が行われている企業が少なくない。また近年は、バブル期採用組など余剰な人材をふるい落とすためにトーナメント型へ回帰している企業もある。
それでも欧米のように外部労働市場が発達していれば、出世コースから外れたら転職して再チャレンジできる。しかし日本では転職によるキャリアアップがしやすくなったとはいえ、実績を残せなかった人の再就職機会はそれほど恵まれていないのが現状だ。
※2:花田光世「人事制度における競争原理の実態――昇進・昇格のシステムから見た日本企業の人事戦略」『組織科学』第21巻、第2号、1987年
「心理的安全性」を保障するだけでは足りない
いずれにしても問題なのは、社員の意識や職場風土のなかに、ミスをして悪い評価を受けたら出世が遠のくとか、左遷されるのではないかという意識が根強く存在することである。実際、前述したような減点主義評価のもとでは大きなミスをすると総合点が下がるし、保守的な企業風土のもとでは尖った人材より、無難な人物を昇進させる傾向がある。
それでもリスクを冒して挑戦するだけの見返りが期待できればチャレンジするだろう。しかし現実は、ストックオプションなどの制度を取り入れている欧米企業や中国の新興企業などと違って、成功した場合の見返りが小さい。かりに成功し会社に大きな貢献をしても、貢献に比例した報酬が与えられるわけではないのだ。
昇進についても同様である。近年は大企業でも三〇代前半に課長、四〇歳そこそこで部長に就けるケースが現れてきたが、まだ一部の企業にとどまっている。終身雇用と年功制の大枠が存在する以上、会社として思い切った抜擢は難しいのが実情である。
つまり失敗しても再挑戦できるシステムに変えるなど「心理的安全性」を保障することは大切だが、それだけでは多くの社員を挑戦に駆り立てることができないことを示唆している。