一番外側にある薄いグレーの円は、1psiの圧力を受ける半径8.54kmの範囲を示している。爆風によりガラスが割れる恐れのある範囲で、特に高層ビルやガラス張りの建造物周辺にいる人にとっては、致命的なけがが生じる恐れがある。高層ビルが集中する新宿も範囲内で、鋭利な凶器となったガラスが多くの人に牙をむくかもしれない。

爆心地から半径8.54kmのシミュレーションマップ
爆心地から半径8.54kmのシミュレーションマップ(NUKEMAP by Alex Wellerstein 地図データ © OpenStreetMap contributors, CC-BY-SA, Imagery © Mapbox.)

ここまで見ると、確かに身を伏せたり、物陰に隠れたりするだけではどうにもならない場所も存在するが、そういった致命的な場所は爆心近くに限定され、大部分は短時間生じる熱線や爆風が核兵器の威力の中心となっていることが分かる。短時間であるので、熱線や爆風に対しても、物陰に隠れるだけでも直接さらされるのを防げるし、伏せてさらされる身体部位を小さくするだけでも、生存の可能性を高める効果があると分かるだろう。

その意味でも、着弾直前であっても、事前に警報で伝えられることの価値は高いと考える。

Jアラートは必要だが“警報慣れ”で効果が薄れている可能性も

これは通常弾頭のミサイルであっても同様だ。現在進行中のウクライナでの戦争で、空襲警報が鳴る中で市民がシェルターや地下鉄に避難している映像は見慣れたものだ。結局のところ、通常弾頭であっても、熱線と放射線がないだけで、爆風がある以上、対処は変わらない。

だから、内閣府のパンフレットにあるように、市街地にいるなら頑丈そうな鉄筋コンクリート造のビルのガラスから離れた場所や、地下鉄は有力な避難先になるだろう。特に地下鉄や地下街といった地下なら核兵器の場合は熱線や爆風への防護に加え、中性子線やγ線といった初期放射線の減衰も期待できるのでベストだろう。もっとも、そんなものが都合よく近くにない場合が大半だろうから、できるだけ物陰に隠れて伏せて被害を軽減するしかない。

しかし、本当の問題は警報以前に、われわれの心構えにあるだろう。Jアラートが鳴った際、身を守る行動を取った人はどれだけいただろうか。これはミサイルだけの問題にとどまらない。Jアラート同様に事前に災害を伝える警報システムとしては、すでに緊急地震速報が実用化されているが、緊急地震速報のあのメロディーが鳴った時、机の下に潜る等の身を守る行動をとった人はどれだけいるだろうか。

「また鳴ったけど、いつもと同じように大したことないだろう」と、思っている人が大半だろう。地震などの大災害をたびたび経験している日本人は、警報に悪い意味で「慣れすぎ」てはいないか。

筆者が懸念するのは、北朝鮮はまだ核兵器とその運搬手段(主に対アメリカ)の整備途上であり、今後も開発のために発射が行われるだろうが、日本列島超えの飛翔のたびに攻撃と同じように警報しては、オオカミ少年になりかねない。観測初期ではどこに落ちるか大まかな予測しかできないため、警報として出さざるを得ないのは仕方ないが、緊急地震速報と同じように「慣れ」てしまえば、いざ本番の時に重大な問題を起こすだろう。

また、筆者はJアラートの意義に賛同する立場だが、運用開始から15年が経っても訓練や発動時にトラブルが起きているのも、アラートを「またか」と思わせる一因だろう。長い年月と税金をかけたシステムであり、なにより国民の命に直結するものであるだけに、しっかりとしてもらいたい。

参考文献
多田将『核兵器』(明幸堂)
平成25年度外務省委託「核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究

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