もし日本が戦争に巻き込まれたらどうなるのか。桜美林大学の加藤朗教授は「国を守るとは、憲法体制を守ること。しかし日本国憲法は自衛隊を否定している。だから日本の自衛官は『日本のために命を捨てる覚悟』を持ちようがない」という。国際地政学研究所の柳澤協二理事長らとの共著『非戦の安全保障論 ウクライナ戦争以後の日本の戦略』(集英社新書)より、一部を紹介する――。
旭日旗
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国を守るというのは、憲法体制を守ること

【加藤朗(桜美林大学教授)】われわれの時代にできるかどうかは自信がありませんけれども、将来的に、後世に残さなければいけないのは、一つは、戦争が回避できるような考え方です。そしてもう一つは、抑止というものを詰めて、詰めて考え、日本の抑止は、国民全員が議論し、行動することだと思います。戦争になったら、最終的には命を投げ出す話ですけれども、それを誰がどこまで実践するのか。

日本人の多くは勘違いしているのではないかと思っています。国防というものを、国民の生命、財産が最優先課題だという見地で捉えている。もちろん、震災、災害のときにそれが重要であることは論をまたないですけれども、本当の意味で国を守るというのは、憲法体制を守ることなのです。憲法は英語ではコンスティテューションと言いますが、それは憲法であり国体という意味です。それを守ることが国防なのです。

国民の生命・財産を守る役割を持っているのは、基本的には警察と消防です。政治家はもちろん、国体を守ることと生命・財産を守ることと、その両方を追求していくでしょう。しかし、そこで最後になったときに、それこそ選択が求められる。国民の生命・財産を犠牲にしてでも国体を守るのかどうかという選択です。

今、ゼレンスキーが行っているのはその究極の選択なのです。これを認めるかどうかの議論が日本でも本当は必要なのです。

哲学者の浅田彰さんがBSフジのプライムニュースに出た回があります。1980年代に『逃走論』(ちくま文庫、1986年)で一世を風靡ふうびした哲学者、思想家ですが、彼は、プーチンのために命を捨てるなんてばかばかしい、だからみんな逃げろと言ったのです。

その翌週でしたでしょうか、外務官僚を経て柳澤さんと同じく内閣官房副長官補をやった兼原信克さんが出てきて。浅田彰さんの前回の発言に対して、一言、「卑しい」と言い捨てました。逃げることは卑しいと。

【伊勢﨑賢治(東京外国語大学教授)】「卑しい」ですか。