全国からの弔問者で埋め尽くされたロンドン
たまたま仕事の都合でバッキンガム宮殿裏手にある地下鉄駅まで行くことになったのは、スコットランドからバッキンガム宮殿へと運ばれた女王の遺体が、ウェストミンスター・ホールに移送される日だった。葬儀まではあと数日あるのに、目的地の駅は警備のため閉鎖されて降りることができず、次の駅から地上に出てびっくり。人また人の波なのだ。行きたい所へなかなかたどり着けない。多数の団体バスが道路脇をふさぎ、全国津々浦々から来ていることがわかる。女王の戴冠70周年を祝うプラチナ・ジュビリー祝典が開かれたほんの数カ月前の人出には及ばないものの、これほどの人がいったい何のために集まってきたのだろう?
行列は、献花に来たか、ひつぎが運ばれる様子を一目見ようとする人たちだった。道路に面した歩道ぎわで場所取りをしている白人女性に聞くと「昨日、北イングランドから家族4人で出てきた。このままロンドンに滞在して国葬が終わるまで一部始終を見るつもり。今朝、公園で献花してきたわ。入り口はあそこよ!」と教えてくれた。
このあと葬儀まで4日間行われたひつぎの公開安置中は、25万人以上が10キロ以上に及ぶ列を作り徹夜で並んだ。彼女ももちろん参加したのだろう。国葬の日である月曜日が祭日と決められたので、このように仕事の休みを取ってまで上京してきた人は相当な数だったらしい。ロンドンの宿泊施設はすべて予約で埋まり、路上でキャンプする人も絶えなかった。鉄道のターミナル駅では、終電が出たあとに残った特急列車の車両を「宿泊用に」と無料開放した鉄道会社もあった。
若者の王室支持率は30%なのに
献花用に定められた公園内のスペースのひとつを訪れると、花束やカード、ぬいぐるみ、女王に宛てた手紙などがあとからあとから置かれていく。毎晩、その日1日にささげられた花や供物をすべて片付けるそうだが、翌日はまた早朝からいっぱいになる。置かれたカードには「70年間、私たちのためにありがとう」「変わらぬ笑顔が心のよりどころでした」などと書いてある。子どもの描いた女王と愛犬の絵の隣には、若い頃の女王に謁見し談笑している男性の写真が置いてあり「お会いできて光栄でした」と誇らしげな添え書きが読めた。
どちらかといえば、高齢な王室ファンや英国旗を掲げた白人の国粋主義者ばかりが献花に来るのでは、と想像していたことも間違っていた。ありとあらゆる肌の色、年齢、性別の人が花束を抱えて切れ目なくやって来る。若い人や家族連れが目立ち、統計機関YouGovによる18~24歳の王室支持率はたった30%、という調査結果が信じがたい。花束を置いて「さようなら」と投げキスをする人、十字を切る人、そっとひとりで涙ぐむ人、仲間同士で肩を抱き合って祈る人たち。周辺に君主制廃止を叫ぶ団体が見当たらなかったのは、警備が厳しかったからか、まるで肉親の哀悼さながらの現場の雰囲気にけおされて場所を変えたのかはわからなかった。