「野球界」の外に出ていく恐怖感
最近は、引退したスポーツ選手の「セカンドキャリア」のための教育を行う機関もできている。
日本営業大学(今年5月からAthletes Business United)は、プロ野球選手など引退したアスリートが一般社会で再スタートが切れるように、ビジネスマナーの初級ステップからビジネスの仕組みなどを学び、最後は提携企業とのマッチングまでをリモートで行う。
中田仁之学長は
「元アスリートは、『粘り強さ』『目標達成力』『最後まで諦めない力』『逆境に耐える力、逆境を楽しむ力』など、一般の人にはない『非認知能力』を持ち合わせています。これらの能力は、人材難に悩む近年の日本企業にとっては、大きな戦力になると思います」
と語る。
しかながら、特に野球選手は「野球界」という閉鎖的な社会で子供の頃から育ってきたために、一般常識、モラル、社会性などが身に付いていない選手も多い。彼らを一般社会に「軟着陸」させるには、一定程度の再教育がいるということだ。
2020年3月に日本営業大学を受講した元日本ハムの森本龍弥は、「引退までに心の準備をすることができず、野球以外の適性を見つけることができなかった。そのまま就職することにためらいを感じて、受講することにした。就きたい職種がないのでまだ自分探しだ」と語った。
同じく元日本ハム・森山恵佑も「何の知識も持たずに、今まで知らなかった社会に出ることを躊躇するようになった」と語った。
ともに「大谷翔平世代」であり、期待された逸材だったが、新たなスタートを切るに際して、大きな不安を感じていることが見て取れた。
引退したプロ野球選手がコーチや職員として球団に引き続き残りたがったり、大学、高校の指導者になりたがるのは「勝手知ったる仕事」だからではあるが、同時に、子供の頃から一般社会とかけ離れた「野球界」で育った選手は、世間の風にさらされて働くことに恐怖心を抱くのだ。
また、野球界を引退後、金銭トラブルを起こしたり、DVなど家族のトラブルを起こす選手が後を絶たないのも「社会性」「一般常識」を教えられてこなかった野球人たちの悲劇と言えよう。
社会常識を教える機会がまったくない
このほど、福岡ソフトバンクホークスは「4軍制」を導入すると発表した。昭和の時代までプロ野球は1球団60人、全体で720人だったが、今は1球団70人の正規選手に加え人数制限のない育成選手まで抱えている。プロ野球選手の総数は1000人になろうとしている。
しかし1軍野手のレギュラーポジションは投手を除けば12球団で102人(セ48人パ54人)、一線級投手も80人前後しかいない。多くは「レギュラー未満」で、引退しなければならない。
彼らが一般社会で路頭に迷わないために、野球界は「社会性」「一般常識」についての教育を行う必要がある。
それはプロ野球だけではなく、高校、大学の段階から折に触れて行うべきだろう。
「全寮制」で、人間関係と言えば監督、野球部の先輩後輩だけ、「24時間野球漬け」という教育環境を見直し、社会常識や人間としてのモラル、世の中の仕組みをしっかり学ぶ機会をつくって、選手たちの視野を広げることは、野球界の健全な未来のためにも必要だと思う。