美容部員たちの販売ノルマを廃止

05年6月、末席の取締役から14人を飛び越えて、社長に抜擢された。無論、改革の手は緩めない。いや、さらに加速させた、と言うほうが正確だろう。何よりも社内外に反響を呼んだのは、「ビューティーコンサルタント」(BC)と呼ぶ1万人に及ぶ美容部員に課せられていた販売ノルマを廃止し、BCの評価基準にアンケートによる「お客の声」を大きく採り入れたことだ。

ノルマの廃止は、化粧品企画部長の時代にも踏み切ったことがある。だが、「売り上げが落ちる」「BCが怠ける」という反対の声につぶされ、半年で頓挫した。社長になって改めて計画をつくり、全国の拠点を回って、BCたちに説明した。すると、「そのほうが、私たちも一人ひとりのお客さまのニーズに応じたサービスをする原点に戻れます」と、圧倒的な賛成を得た。

お客に渡したアンケートのハガキが、2年半で153万通、返ってきた。その6割に、コメントが書かれていた。大半は「お褒めの言葉」でうれしい限りだが、1割ほどの「苦情」「批判」「要望」に注目する。そこに、改善のヒントがたくさんあった。例えば、売り場の照明。「暗くて、自分の化粧の結果が、よくわからない」との指摘に、すぐに明るく変えると、次に来店した際に「私がちょっと言っただけなのに、変えてくれた」と喜んでくれた。もし、これが逆であったら、もう二度と来てもらえなかった。そう思うと、販売第一線の重要さが、身にしみる。

だから、BCたちや社員たちに繰り返す。「もし、1万人のBCが、1日に1人でもお客さまに喜び、納得してもらい、『ずっと資生堂の品を使っていきたい』と思ってもらえたら、1日で1万人、1年間に365万人の生涯顧客が生まれることになる。たとえノルマ廃止で最初は売り上げが減っても、必ず2~3年であまりある成果が出る」

在任4年、ブランド数も27、そして21へと減らした。40代で体験した二度の挫折から、多くのことを学んだ。当然なことをやるのに、立ち止まっては、いけない。「リーダーシップとは『Do the right thing』(正しいことをやる)と『Do things right』(正しくやる)の2つだ」。ドラッカーのこの言葉を、いつも、かみしめる。

今春、社外取締役から「留任」を要請された。4年で辞めようかとも考えていたが、「あと2年、続投します」と宣言する。そして、毎年、年度が始まる前の3月に開いていた経営戦略の会議を、ひと月半ほど延期した。

就任後の3年は、売上高も利益も計画通りに達成した。でも、その間に、また慢心や緩みが出てきた、と感じている。組織というものは、いくらきちんとしようとしても、そういうものだ、と思う。その意味では、今回の世界的な経済危機は、天が与えた試練であるとともに、慢心を正し、もう1回ギュッと引き締めて、もっといい状態につくり直すチャンスになる、と受け止めた。

あと2年、それを、どう仕上げていくか。「登るべき山」は変えないが、登るルートや登り方は変えてみる。会議を延期して、考えた。

休日には、妻とデパートやドラッグストア、量販店などへ行く。妻が買い物をしている間に、自社のコーナーばかりか、同業他社のコーナーものぞく。アクセサリーや靴、食料品など他の商品売り場もみて回る。たまに、自社商品が不揃いになっていると、そっと直していく。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)