顧客を絞り込み、規模を求めないこと

われわれの身の回りを見てみると、グローバル市場で高く売ることに長けた企業がある。自動車でいうと、ヨーロッパの一部メーカーがそうである。AV製品でも、欧米には高い価格で売っている会社がある。先に述べたように、日本国内でも、成熟産業分野には高価格戦略に成功している会社がある。高価格戦略に成功している内外の企業から何を学ぶべきか。

その第一は、高く売る知恵を出すためにもっと多くの時間を使うということである。日本の企業は品質のよい製品をより安く作る知恵を出すために多くの時間を使ってきた。それと比べると、製品を高く売る(高くても買ってもらえる)知恵を出すために使われている時間はかなり少ないのではないか。コストを下げることは企業内のあらゆるレベルで考えられているが、高く買ってもらうことを考えているのはごく一部でしかない。それぞれの総時間数を比較してほしい。あまりにも大きな違いがあれば、考え直したほうがよいのではないか。現場で提案制度やQC活動が行われているが、その焦点となっているのは量産品質の向上とコスト削減である。例外ともいえるのは、京セラのアメーバ経営と村田製作所のマトリックス経営である。ともに、コストを下げることだけでなく、下工程に高く売ることを考えさせる管理システムである。

高価格戦略を成功させた企業に共通しているのは、規模を求めないことである。規模を求めようとすると、値段を下げて需要を拡大しようという誘惑が強くなる。日本のグローバル企業の多くは大量の従業員を雇用し、長期安定雇用を目指している。このような企業は規模を求めがちであり、高価格戦略をとりにくい。

優れた技術を持つ企業が高価格戦略を追求するための重要な手段は、フォーカス戦略である。顧客を絞り込み、その顧客の要求にきめ細かく応える技術・製品開発によって顧客価値を高める戦略である。

フォーカス戦略で成功している典型例は、パナソニックのパソコン、レッツノート(海外ではタフブック)である。パソコンは低価格化が急速に進んでいる。この中でシェアが低かったパナソニックは低価格についていくことは難しかった。規模の経済を生かすことができないからである。この状況でパナソニックのパソコン事業部が採用したのは、フォーカス戦略であった。パナソニックが注目したのはこれまでパソコンのユーザーではなかったブルーカラーであった。ブルーカラーは過酷な条件の下でパソコンを使う。そのために過酷な条件に応えるような製品が開発された。過酷な条件といっても多様である。そこでもう一段の絞り込みが行われた。一つはパトカーの中の警官が使うパソコン。もう一つは、航空機のメーカーのように広い工場の中で作業指示にしたがって仕事をするときに使うパソコン。パトカーの中で使われるパソコンは振動に強くなければならない。広い工場の中で使われるパソコンは無線LANの送受信の能力が高くなければならない。

もう一つのターゲットとなったのは忙しい日本のビジネスマンだ。大阪から東京までの出張の新幹線での往復中に仕事が継続できるように、電池が長時間持つように設計が行われた。こうした顧客は、自分たちの厳しい要求に耐えるものであれば、値段が高くても買ってくれる。パナソニックのパソコンはメード・イン神戸で、値段は高いが好調である。

フォーカス戦略を通じて確立された技術をより広い顧客向けの商品に応用している企業もある。神戸のアシックスは、最先端のマラソン選手の要求に応えるシューズを開発することによって、その技術を一般向けランニング・シューズの価値を高めるためにも使っている。この戦略を創業者の鬼塚喜八郎氏はキリモミ戦略と呼んでおられた。顧客を絞り込めば、小さな企業でも、その要求に応えることができ、それで突破口が開かれるからである。このシステムを上手に模倣したのは同社の代理店だったナイキである。

高価格戦略では、高価格がかえって価値を持つことだと言った。だからといって単に値段を上げるだけでは高価格戦略にはならない。顧客にとっての価値を高める必要がある。品質やデザインをよくしていくことも必要だが、それだけでは高価格ブランドを確立できない。自分たちが提供する価値にこだわり続けることが必要である。そのこだわりが顧客の間に信用をつくり出す。それが神話にまでなれば、もっとよい。