早稲田大学商学学術院長兼商学部長 恩蔵直人(おんぞう・なおと)●1959年、神奈川県生まれ。82年早稲田大学商学部卒。87早稲田大学商学部助手、89年同専任講師などを経て、96年教授に就任。2008年より現職。エステーの社外取締役も務める。近著に『コモディティ化市場のマーケティング論理』『R3コミュニケーション』(共著)、『コトラーのマーケティング3.0』(監訳)など。

「マーケティング」を取り巻く誤解

マーケティングに対する誤解については、いくつかのたとえ方ができます。実務家の方と話をしていてよく直面するのは、「マーケティングを始めた」とか「マーケティングに取り組でいる」といった表現です。このような場合、たいてい誤解がある。マーケティングを限定的、あるいは狭くとらえているのです。

ではそういった方たちはどのようにとらえているのかというと、大まかに三つぐらいに分かれています。「マーケティング=市場調査」ととらえている人たち、二つ目は「マーケティング=広告宣伝」と思っている人たち、もう一つが「マーケティング=販売や売り込み」。

もちろん、それぞれはすべてマーケティングと密接な関係があり、一つの局面をとらえてはいるのですが、すべてではありません。特に一番欠けているのは、われわれがもっとも重視する「顧客ニーズをマーケティングの出発点とする」ところです。

「顧客ニーズを出発点としている」から市場調査なのだという主張もできそうですが、しかし市場調査では「ニーズを価値に落とし込む」、要するにものづくりの部分はポトンと抜け落ちてしまう。当然、ブランドマネジメントの話や、「価値を顧客に伝達する」流通チャンネルやセリングの話も抜けている。そういう意味でいうとマーケティングという言葉の普及に比べて、理解の浸透というのとは非常にギャップがあるというのが現実です。

ではそもそもマーケティングは何だろうといったときに、実はわれわれはアカデミックな定義を持っています。アメリカマーケティング協会でも持っていますし、有名なマーケティングプロフェッサーはだいたい持っています。コトラー教授などもそうです。

『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』
フィリップ・コトラー、ケビン・レーン ケラー著・恩藏直人監修、月谷真紀翻訳/Pearson Education Japan for JP/本体価格8500円


しかしそういったアカデミックな定義を、特に実務家の方に対して振りかざしても私はあまり意味がないと思っています。これは研究者が整理することであって、マーケティングとは、と長文の難解な表現を説いても実務的に意味がない。むしろマーケティングの本質をお互いに共有していくほうがはるかに意味があります。

ではマーケティングの本質とは何か。これは「売れる仕組みをつくる」ということです。売れる仕組みの中では、顧客のニーズを出発点にしなければ売れないし、単につくっただけでは駄目で、ものづくりも重要。そういう意味で「売れる仕組みづくりがマーケティングである」いうのは、一行で表現されたいい表現だと考えています。

さらにいえば私自身はもう少し現実的にするために、「顧客価値を創造する」「そして顧客価値を伝達する」「さらに顧客価値を説得する」といったように顧客価値の「創造」と「伝達」と「説得」という3ステージでとらえています。よく言われる「マーケティングの4P」なども、それでだいたいすべて織り込むことができます。

『ベーシック・マーケティング』
浦郷義郎著、E.J.マッカーシー著、粟屋義純翻訳/東京教学社