早稲田大学商学学術院長兼商学部長 恩蔵直人(おんぞう・なおと)●1959年、神奈川県生まれ。82年早稲田大学商学部卒。87早稲田大学商学部助手、89年同専任講師などを経て、96年教授に就任。2008年より現職。エステーの社外取締役も務める。近著に『コモディティ化市場のマーケティング論理』『R3コミュニケーション』(共著)、『コトラーのマーケティング3.0』(監訳)など。

ポジショニングを修正して売上8倍に

前回、マーケティングが機能的価値、情緒的価値、社会的価値を訴求する形で発展してきたことをご説明しました。今回もいくつかの成功事例をご紹介しましょう。

資生堂が展開する「シーブリーズ」というボディケア製品のブランドがあります。海に行ってシャワーを浴びたあとなどに使用して、ひんやりするデオドラントが主軸です。このシーブリーズが2、3年前、マーケティング戦略を大幅に変更しました。かつては20代から30代の男性市場を狙っていました。ところが次第に海に行く人も少なくなり、ブランドも高齢化して、時代遅れのブランドになってしまっていた。

そこで資生堂は考えたはずです。事業を止めてしまうのか、てこ入れをして継続するのか。意思決定をしなくてはいけません。

そのときに出した結論は、「シーブリーズというブランドは生きている」。そこで完全なリポジショニングに乗り出しました。ターゲットとしてはティーンエージャーを狙うことにした。宣伝をご覧になった方もいると思いますが、これまでの「海」「夏」といったイメージから、日常シーンでの使用に訴求ポイントをもってきました。街の女子高生をターゲットに変えていたのです。こうした目算は成功裏に終わり、売上は低迷期の8倍にも達しました。

■資生堂「SEABREEZE」
http://www.seabreezeweb.com/

これもマーケティング2.0の事例ですが、このように、そのブランドの価値は何なのかということを考えていくのが、マーケティングの知恵というものです。今まで視点がずれていて、4Pがうまくできていなかった。しかしネームやロゴなど、ブランド資産は残っている。そこでポジショニングを変えて、4Pを組み立て直してみたところうまくいった。このような事例はほかにも数多く存在します。

もう一つ、マーケティングのおもしろさに改めて気づかせてくれた、個人的に大好きな事例をご紹介します。味の素の「クノール カップスープ」の施策です。

■味の素「クノール カップスープ」つけパン・ひたパンキャンペーン
http://knorr-club.jp/campaign/tvcm

実際に広告賞なども受賞していますが、「つけパンvsひたパン」というキャンペーンは大変すばらしかったと思います。何がすばらしいかというと、まず朝食におけるさまざまな食品の出現率を考えたというのです。スープが朝食の献立として出現する割合が2割、それに対してパンは7割に達していました。

今までであれば、スープをどう売ったらいいかという話です。発想としては味を変えたり、価格を変えたり、パッケージを変えたりとか、そういう話がほとんどだったと思います。しかし彼らが考えたことは、出現率の高いパンにスープを結びつけるということだったのです。

私は初めて聞いたとき、まさにマーケティングのおもしろさを示していると思いました。自分たちの製品を変えることではなくて、出現率の高い食品との関係を示して顧客に訴えた。パンであれば、スープにつけてもいいし、浸してもいい。相性のよさを自然にアピールできています。話としてはとても簡単で単純ですが、このような発想、「ビジネスの知恵」こそが、マーケティング的であると私は思うのです。

よく知られている通り、ドラッカーは「ビジネスの両輪はマーケティングとイノベーションである」と言っています。マーケティングが一方にあり、しかしマーケティングだけではなく、技術力というものがあってビジネスは成り立つと。