すべての基準をクリアしなければならないが…

それぞれの基準は内規なので公開できないが、すべてクリアする必要があり、それらが全部点数化されて訓練成績として個々に記録される。ちなみに私が着任した当時の1年次と4年次の男女の体力測定平均値が公開されているので、参考までに図表をご覧いただきたい。同世代の平均からすると、相当に高い数値だと思う。

私が子供の頃は草野球ばかりだったので、ボール投げはその頃から慣れている。しかしその後スポーツは多様化し、必ずしも野球中心ではなくなった結果、ボール投げをあまりやったことのない学生も多くなった。ということで、意外にもソフトボール投げが不得意な学生もいるのだ。

着任まもないある日の夕方、校内を回っていて、旧知の4学年の学生が卒業前に距離が足りないらしく、ソフトボール投げの練習をしていた。投げても既定の距離に届かないのを見て、「こう投げるんだ」と言わんばかりに、校長がえいと規定の距離を投げ切ると、その学生は悲しげな表情でうつむいてしまった。

「悪いことをしてしまった。こんなことで年寄りが学生に勝ってどうする……」と、こちらも落ち込む。それ以後、学生たちの体力訓練や実践訓練では、さわり程度は付き合っても、それ以上にむきになることはやめ、基本的には声援とハイタッチに専念することにした。

1005時間の実践訓練の中身

防大生の実践訓練は4年間で約1005時間と規定されている。春・夏・秋・冬にそれぞれ訓練期間が設定されており、最も長いのは夏季定期訓練で、約4週間近くある。これが終わると約1カ月の夏季休暇となる。

2学年以上は基本的に陸・海・空の要員別の訓練となり、全国の部隊にグループごとに散って実践教育を受ける。ただ、1学年次は陸・海・空に分かれていないので共通訓練となり、それぞれの基本を学ぶ。入校するとすぐに春季定期訓練が始まり、新しい戦闘服に身を固めた新入生たちが上級生の指導により敬礼や行進、小銃の分解や手入れなどの将来の自衛官としての基本動作を学ぶ。

新入生が自身の小銃を渡される「銃貸与式」のときの表情は引き締まっており、彼らはその瞬間を一生忘れない(写真)。

銃貸与式
銃貸与式の緊張の瞬間(写真=『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』より)

銃を手にする行為はきわめて厳正なものであり、緊張感で張りつめたような空間が広がっている。どういう言い伝えかわからないが、その晩は学生全員で、1学年の期別分だけ腕立て伏せをするのが習慣化している中隊などがあるようだ。ということは、2022年は70回の腕立て伏せということだが、今後1回ずつ増えていくと、100年後はいったいどういうことになるのだろうか。