防衛大学校の卒業式は首相が必ず臨席する。元防衛大学校長の國分良成さんは「小泉首相以降は臨席時間を短くするため、自衛官任命・宣誓式を学生服で行っていたが、防大としては不満だった。このため安倍首相に着替えを願い出たところ、『それで結構です』と応じてもらえた。この結果、学生たちは猛ダッシュで会場を出て、着替えて戻ることになった」という――。

※本稿は、國分良成『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

在任中経験した卒業式は8回が安倍元首相だった

防大の卒業式は全国的に知られる。全国の教育機関で唯一総理大臣が必ず臨席することと、そして最後の帽子投げが有名だ。私の在任中、8回は安倍晋三総理、最後の1回は菅義偉総理だった。

防大と言えば、卒業式の帽子投げ
防大と言えば、卒業式の帽子投げ(出所=『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』)

帽子投げの帽子はその後どうなるのか。投げたあとに下級生たちが拾い集めて本人に渡していたのは過去の話で、学生服も帽子も国から支給された官品なのですべて回収となるとのこと。卒業生たちが実費で買い取っていた時期もあるらしいが、オークションにでも出ることを警戒したのか、今では一律に回収している。

普通とは大きく異なる青春を送った若者たちの、その後のとてつもなく厳しく重要な任務を考えるとき、どうせ処分するのであれば手元に残してあげるのが人情だとは思うのだが。

防大卒業式には、もう一つ大きな見せ場がある。それは、卒業式の最後に学生たちが帽子を投げて勢いよく出口に向かって走り出したあとのことだ。

なぜに走るのか。それは急いで真新しい陸・海・空の制服に着替えて、再び会場に戻って整列し、今度は一般幹部候補生の自衛官としての任命・宣誓式が待っているのだ。壇上で学生服から制服に着替えた卒業生たちを見て、一つの仕事が終わったとの感慨で、私も胸が熱くなる瞬間だ。

学生服のままの任命・宣誓式は“美学”に反するが…

今ではこのスタイルで卒業式と自衛官任命・宣誓式が進むことになるが、私の時代に一つの変化が起きている。

外から見ていただけではわからないが、私はこの改革に特に思い入れを持っていた。小泉純一郎総理以前、卒業式は総理が臨席するが、目の前での帽子投げは失礼だとのことでそれ以前に総理は会場を離れ、帰路についていた。そのあとの自衛官任命・宣誓式は防衛大臣が臨席していた。

ところが、それまでの前例を排して小泉総理自身も自衛官任命・宣誓式に参列する意向を示した。となると、官邸サイドとしては総理の拘束時間が問題となり、結局、卒業式のあと学生たちは着替えることなく、学生服のままで自衛官任命・宣誓式に臨んでいた。帽子投げも、従来通り、総理が退席してからであった。

小泉総理退任後、日本の政局は流動化し、民主党政権も誕生するが、その前後は毎年総理が変わるような状態であった。私が学校長となってからも、数年は小泉総理以来のスタイルで卒業式と自衛官任命・宣誓式を続けていたが、こうした手順に不満をもつ卒業生も多かった。