「いかなる制限も容認できない」と明言した米当局
この危機を回避しようとの動きもある。米PCAOBと中国証券監督管理委員会がカウンターパートとなり、合意案作成に向けての交渉が続けられているもようだ。
経済政策における習近平総書記のブレーンとして知られる劉鶴副首相を筆頭に、中国政府や実務派官僚からは「米中両国はコミュニケーションを続けており、ポジティブな進展が得られている。中国政府は今後も企業の海外上場を支持する」とのメッセージが繰り返し発信されている。
一方、PCAOBのエリカ・ウィリアムズ委員長は8月1日、ロイター通信の取材に答え、交渉が続いていることは認めつつも、「いかなる制限も容認できない」と妥協はないと言明している。
米国の強硬姿勢を前に、中国当局の間では会計監査資料を開示できない一部の重要企業は上場廃止を受け入れ、その他の民間企業は米国側の要求を受け入れるしかないとの見方も広がっているという。
犠牲になるのは未来の中国イノベーション企業
中国人寿保険、中国アルミ(チャルコ)、中国石油化工(シノペック)、中国石油天然ガス(ペトロチャイナ)、中国石化上海石油加工(シノペック・シャンハイ・ペトロケミカル)は8月12日、中国大型国有企業5社が米国市場の上場廃止を自主的に申請した。事務コストの軽減などを理由としているが、機密性の高い情報を持つ大型国有企業については米国の要求を満たせないと判断したためであり、その他民間企業の上場維持にとっては一歩前進したとも見られている。
ただし、これで交渉が合意にいたるかまでは不透明だ。そもそも中国共産党の意見も一枚岩ではない。米市場のマネーを失うことにあっても一切の譲歩は認めないとの対米強硬派の主張が優位を占める可能性も否定できない。
実際、中国共産党の強硬姿勢が中国の経済的利益を損ねた事例もある。想起されるのが新疆綿生産に関する強制労働疑惑が広がり、使用中止する国際ブランドが相次いだ。ついには米国がウイグル強制労働防止法を制定するにいたった。
この発端となったのは国際NGO「ベター・コットン・イニシアティブ」のレポートだが、中国当局が外国人スタッフによる現地調査を認めなかったことで問題が拡大した。かつての奴隷労働の時代とは異なり、機械化が進んだこともあって国際社会で騒がれたような強制労働は実際にはなかった可能性もあると言われているが、中国当局が意地になって開示を拒んだことが問題をこじれさせたとも言える。
米市場の上場廃止問題もまた同じ結末に陥るリスクは否定できない。その時、犠牲になるのは米市場のマネーを断たれた、未来の中国イノベーション企業であろう。