「日本の使命は良き隣人として中国を諫めること」
7月6日午後3時、首相官邸。
宇野は、14~16日に開催される仏アルシュサミットを前に村田良平外務事務次官からブリーフィング(説明)を受けた。サミットで討議される政治関連の宣言のうち、流血の惨事を受けた「中国に関する宣言」の表現が焦点だった。
村田の説明を受けて宇野はこう指示した。
「中国に関する宣言の(議長国)仏側案の『野蛮な中国』という表現は、中国が嫌おう。『価値観が異なる』『人道上許されない』との表現で足りよう」
「中国を国際的孤立に追いやるのは不適当。日本の使命は、『良薬は口に苦し』で、良き隣人として、諫言することである。中国を孤立しないよう引き戻すことが、他国と違う日本の役割。私はこれを強調したいし、サミットの席でこれを話すつもり」
「中国は、開放を続けたい、処刑ももうしないと言っているし、それに応じたやりようがあろう。また、中国は、言葉と面子をおもんじる国であるから、下手をすると逆効果である」
村田は、「これらの点を踏まえ、日本は中国の隣国でもあり、ミッテラン(仏大統領)に対し、『中国問題(の発言)は宇野総理から始めては如何』との根回しを行いたい」と述べた。
これに対して宇野は応じた。
「EC(欧州共同体)・米と日本は違う、これが、文章や表現上、どこかににじみ出るようにしたい。他方、西側の足並みが乱れないようにしなければならないし、又、(日本企業が人権よりビジネス優先のため欧米諸国に先立ち北京にUターンする)火事場泥棒もしないようにしないといけない」(外相発仏大使宛公電「部内連絡」1989年7月6日)。
宇野首相の思考の8割は「対中配慮」で占められていた
外務省としてはもともと「中国に関する宣言」を発出することに反対で、7月1日作成の極秘文書で、「過去にとった各国の(対中制裁)措置については、サミット参加国が共同で中国に対処しているとの印象を避けるためにも言及しない方が望ましい」と記した(情報調査局企画課「サミットにおける中国への言及振りについて[第2案]」1989年7月1日)。
宇野の指示もあり、サミット参加国が既に実施中の閣僚接触の停止など具体的な制裁措置が宣言に列挙されれば、中国政府を刺激するとして反対を強めた。そういう面で事務方の外務省と宇野の中国認識はほぼ一致しているが、宇野は外務省以上に中国の反発に神経を尖らせており、筆者から見れば、中国にどう向き合うかに関してその思考の8割以上が「対中配慮」で占められている印象である。
(敬称略、肩書は当時)