再考に値するアーサー・オーカンの「高圧経済論」
国内経済の需給ギャップを埋め、国内の潜在的な供給能力がフルに活用される状況を維持することは長期的な経済成長にとっても大きな意味を持っている。
その根拠となるのが高圧経済(High Pressure Economy)の議論だ。
1973年のアーサー・オーカンによって提唱された高圧経済論は、2016年にFRBのイエレン議長(当時)によるスピーチで再注目されるようになった(なお、イエレン氏は過去にも経済学者として高圧経済に関する学術論文を執筆しており、アカデミックな意味ではそれほど意外感のある言及ではない)。
元々の高圧経済論は、労働市場に注目することが多かった。
総需要が供給能力を上回る経済は人手不足傾向になる。人手不足経済においては、より多くの労働者が職を得ることができる。そして職についていることそのものが経験を通じて労働者の能力を向上させていく、というわけだ。
能力・経験面で失業しやすい労働者が、働くこと自体を通じて、その能力を向上させていくことは、長期の経済効率にとってプラスの効果を持つ。
つまり、短期的な経済政策と思われがちだが、いわゆる「景気対策」は、長期の経済成長政策の側面もあわせもつというわけだ。
また、人手不足環境では、労働者の自発的な転職が活発化する。
生産性の低い地域・産業から、成長の見込まれる地域・産業への労働力の移動は、経済全体の平均生産性を向上させるだろう。
なお「経団連報告書」の拙稿では、高圧経済下での人口移動、なかでも東京一極集中の是正が長期的な経済成長に資すること、そのための財政支出を惜しんではならないことを主張している。
さらに人手不足はそれを補うためのIT投資やAIの導入を促進するといった利点もあるだろう。
オーカンによる高圧経済の提言は、その後のオイルショックによって、継続的な研究プログラムとなることはなかった。
また、近年の高圧経済論も直近の資源価格高騰によってその興味・関心が低下しつつあるようだ。
しかし、現在生じている外発的な資源価格高騰と国内経済活動に対する需給ギャップはわけて考えなければならない。
資源価格高は家計の資金的余裕を奪う。これが国内で生産される財・サービスへの需要を一層低下させるならば、むしろ資源高の現在こそ、国内経済における需要喚起の必要性に注目する必要があるだろう。
ではどのような需要喚起手段があり得るのか。
経団連報告書では「新しい価値観に基づく投資」「労働市場・社会保障改革」「公共部門の賃上げと競争政策」「地域再生」に関する各論も併記されているため、ご興味の向きにはぜひ一読いただきたい。