急速なエネルギー転換を進めたからではないか

では、今、仮に戦争が終わり、それどころかロシアで政権交代が起こり、民主化された新しいロシアとドイツとの国交が正常化し、そのガスをドイツが再び輸入できるようになったなら、その時、現在の問題が解決されるのか?

いや、おそらくガスの調達先だけは多角化しているかもしれないが、しかし、電力事情は少なくとも戦争前、つまり2021年の夏ごろの状態に逆戻りするだけにすぎないのではないか。

ガスの逼迫、エネルギーや物価の上昇は、昨年初頭から始まっていた。サプライチェーンの混乱はコロナのせいも大きかったし、その他の資源不足も、やはり戦争勃発のはるか前から起こっている。根本的な問題は、戦争ではない。では何か?

それは、ドイツが原発と石炭火力の両方を同時に縮小し、その代わりに不安定な再エネを急激に増やし、それによって引き起こされていた多くの不都合を無視し、ロシアのガスにすべてを託し、「エネルギー転換」という砂上の楼閣に向かって突進していたからではないか。

だからこそ、すでに昨年、電力不足とブラックアウトの危険は囁かれていたのだ。

石炭・褐炭発電所はしっかり待機させる周到ぶり

ただ、ドイツ政府は知っていた。2022年の終わりに本当に原発がすべて止まり、石炭火力を2030年に向けて減らしていき、一方で再エネが増え続ければ、ロシアのガスが潤沢にあったとしても需給バランスを保つことがだんだん難しくなり、電力供給が危うくなることを知っていた。もちろん、採算の取れる水素などは、まだまだ絵に描いた餅であることも。

だからこそ、政府は石炭や褐炭の火力発電所を停止させた後、それをリザーブとして待機させた。第3次メルケル政権で経済相を務めたガブリエル氏は、当時、ドイツの電力供給は「ベルトとズボン吊りを両方つけているぐらい安全だ」とうそぶいていた。

つまり、今、ハーベック氏が慌てて立ち上げようとしている石炭・褐炭火力は、どのみち破綻する可能性の高かったドイツのエネルギー供給を救済するために待機させてあった予備の発電所だ。待機のためには、当然、それを所有する電力会社に少なからぬ補償が支払われていた。そして、その補償を国民が知らずに負担していたのだ。すでにもう何年も。