政府のプロパガンダを広めるロシア外交官の悲哀

同じ時期、これとは対照的な経験をしたこともあります。2014年当時、日本にいるロシアの外交官の言動は、先ほどの男性をはじめ、今と同じく支離滅裂でした。明らかにパニックを起こしていて、本国政府から赴任国向けに説明するように言われている内容を公式な場で述べるものの意味不明で、彼らの頭のなかで整理、理解ができていない様子でした。

ただ終始一貫していたのは「マイダン革命」が「非合法のクーデター」だと主張していたことです。この説明でいくと、正統で合法的な大統領はヤヌコーヴィチであり、現在の政権は「米国主導で正統な政権を崩壊させようとする違法なクーデター」によりできたことになります。

マイダン革命からしばらくして、あるロシアの外交官の講演会が大阪で開かれて僕もどんな主張をするか興味があり聴講しました。彼は日本語が上手く、頭脳明晰めいせきで、僕のゼミで非常にわかりやすい講義をし、学生からも好評でした。

しかし、この日は100%ロシア政府のプロパガンダを話そうとするものの、良識ある彼はどうしてもそれをうまく話せない様子で、外交官という職業の悲哀を感じました。

講演終了直後、僕を見つけた彼が小走りでやってきて、「ちょっと話がある」と声をかけられました。別室に移って2人きりになると彼は言いました。

「今回の件で、〈ウクライナ〉という国とウクライナ人について、わかったつもりでいただけで、本当はよくわかっていなかったことを思い知った。ロシアの外交官も同じで、しかもまだ気づいていない者も多い。ついては、ウクライナに詳しい貴方に、ロシア語で、我々の外交官向けにレクチャーしてもらえないだろうか」

プーチンは「ウクライナ人は歓迎する」と信じ切っていた

ロシア人が、ウクライナやウクライナ人について、日本人の僕に教えを請いたいということに驚きました。さすがにロシア人相手にロシア語で講義をするというのはあまりにハードルが高く、即座にお断りしました。

岡部芳彦『本当のウクライナ 訪問35回以上、指導者たちと直接会ってわかったこと』(ワニブックスPLUS新書)
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ただ彼は誠実な人物で、その出自は少数民族のタタール人です。もしかしたらウクライナを兄弟国家と教え込まれてきたロシア人だとそんな発想は思いつかなかったかもしれません。

漏れ伝わるところによれば、プーチン大統領は今回、自分の出身の情報機関からの「ウクライナを解放すればウクライナ人は歓迎する」といった誤った情報に基づいて侵攻の決断をしたといいます。あるいは本人もそのように信じ切っていた節もあります。

あの時、僕がロシアの外交官たちに、ウクライナの本当の姿や正しい政治情勢について話しておけば、少しぐらいは声が届いて、僅かながらでも今回の事態を避ける一助になったかもしれないと考えると今でも悔やまれてなりません。

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