2014年のクリミア侵攻に成功したロシア軍は、なぜ2022年のウクライナ全土への侵攻では苦戦しているのか。前ウクライナ大使の倉井高志さんは「プーチン大統領はウクライナ全土の掌握に向けて見切り発車したため、ロシア軍は3つの構造的な問題を抱えることになった」という――。(第1回)

※本稿は、倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

キーウ近郊のブゾワ村で、撃破され放棄されたロシア軍の戦車
写真=AFP/時事通信フォト
キーウ近郊のブゾワ村で、撃破され放棄されたロシア軍の戦車(2022年4月10日)

ドンバス地域をめぐる大きな戦略転換

2022年2月、プーチン大統領は国境付近の部隊を使って、突如ベラルーシ、ウクライナ北東部、東部、南部の4方向から攻め込み、首都キーウを攻略して政権をすげ替え、ウクライナ全土の制圧を目指すと解される軍事侵攻を開始した。

これはロシアの対ウクライナ戦略との関係で見れば、「ウクライナを支配下におく」という目的を短期間で一気呵成かせいに実現しようとするものであり、また直接的にはロシアにとってのドンバスの位置づけと戦略を大きく変更するものであった。

2014年のロシアによるクリミア「併合」とドンバスへの軍事介入以来、ロシアにとってのドンバスの位置づけ並びに戦略は次のようであったと見られる。

(1) ドンバスの武装勢力を支援し、また実質的に指揮統制して、低強度紛争を長期にわたって維持する。ただしロシア軍が前面に出ることはしない。
(2) ドンバス紛争の長期化によりウクライナのNATO加盟を阻止すると同時に、ドンバスをロシア軍の新型兵器の実験場並びに兵員の訓練場として利用する。
(3) 他方、ウクライナ政府にはドンバスの2つの「人民共和国」を含む連邦制を認めさせ、これら「人民共和国」に外交・安全保障政策における拒否権をもたせて、ロシアに都合の悪い方針がとられることを阻止する。
(4) 2つの「人民共和国」に対する国家承認はせず、あくまでウクライナ領内として位置づけ、経済的な負担にはウクライナを関与させる。