なぜロシアはウクライナとの戦争に踏み切ったのか。前ウクライナ大使の倉井高志さんは「プーチン大統領は『うかうかしているとロシアは米国、NATOに支配されてしまう』と本気で信じているのだろう。ソ連時代に『パラノイア』とも言われた過剰なまでの防衛意識は、ロシア指導部の歴史的伝統となっている」という――。(第2回)

※本稿は、倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

ロシアのプーチン大統領
写真=EPA/時事通信フォト
2022年2月21日、ドンバスの2つの「人民共和国」の国家承認について国民に演説を行うロシアのプーチン大統領

ロシアから世界はどう見えているか

筆者は1983年から1年間、英国スコットランドのエジンバラ大学に在籍して、当時ソ連の軍事問題の大家といわれたジョーン・エリクソン教授の下でソ連軍研究に携わった。当時のエリクソン教授が筆者に教え諭してくれたことの一つに、「ソ連を理解するためには世界からソ連がどう見えるかではなく、ソ連から見て世界がどう見えるかを考えなければならない」というものがあった。

80年代のソ連軍は最大500万人以上との見積もりもある実に巨大な存在であり、アフガニスタン侵攻を始めその「拡張主義」がしばしば話題になっていた。しかしソ連から見れば拡張主義はむしろNATOを始めとする西側諸国であって、自身の軍事力は完全に防衛的ということになり、ソ連自身はこれを確信していた(=交渉を有利に運ぶための戦術的発言ではない)に違いない。ソ連やロシアの主観的認識という意味において、当時も今も、これは正しいと筆者は思っている。

今回の軍事行動に至る判断の大本には、ロシアにおいて歴史的に形成された被害者意識と背中合わせの強固な防衛意識があり、それがロシアをして攻撃的な行動をとらせる上での心理的なハードルを低くさせていると思われる。