消費者イノベーションは、企業によるイノベーションよりも低い費用金額で行える可能性がある。今回はスポーツ競技であるホワイトウォーター・カヤックのイノベーションの実例から解き明かす。

製品改良を早く安く実現させる一番簡単な方法

この連載で何度も紹介しているように、日本を含む先進国では広範な製品分野で消費者がイノベーションを行っていることが明らかになってきている。こうした実態が明らかになっても、消費財メーカーの中には消費者が自社の先を越してイノベーションを行っていることを好意的にとらえない企業があるかもしれない。

しかし考え方を変えてみるのはどうだろう。革新的消費者は、実はメーカーが本来負担しなければならない開発費用を負担し市場リスクを削減してくれていると考えられないだろうか。しかも消費者が、メーカーが行う場合より低い費用でイノベーションを行う場合があるとしたらどうだろう。

たとえ消費者がイノベーションを行っていたとしても、その完成度を高め、安定した品質で量産化できるのはメーカーだ。だとすれば、消費者イノベーションを自社の製品ラインに組み込むことさえできれば、消費者がメーカーより低費用でイノベーションを行うのはメーカーにとっても社会にとっても望ましいことではないか。

こうした問題意識から見て、非常に興味深い調査結果が先ごろ発表された。調査を行ったのはデンマークのコペンハーゲンビジネススクールのクリストファー・ヒーナースを中心とする研究チームでスポーツ競技のホワイトウォーター・カヤックを対象とするものだ(“Innovation as consumption”von Hippel&Jensenとの共同研究、SSRNで公開)。カヤックは船体にあいた穴に足を前方に投げ出すようにして座り、両側に水掻きがついた櫂(パドル)で漕いで進むカヌーで、中でもホワイトウォーター・カヤックはカヤックで川の激流を下るスポーツだ。ヒーナースらは同スポーツで起こったイノベーションを調査し、製造部門と家計部門(正確に言えば消費者世帯と未法人化組織)のどちらがイノベーションを行ったのかを特定し、そこで使われた費用金額を推計・比較した。

ホワイトウォーター・カヤックにあまり馴染みがない読者もいるだろうから以下で少し同スポーツの紹介をしておこう。興味のある方には併せて、ぜひウィキペディアの該当するページを閲覧したりネットで画像情報を検索してもらいたい。カヤック競技の楽しさを簡単に知ることができるだろう。

ホワイトウォーター・カヤックは約50年前に生まれた。1970年代中頃、カヤックを楽しむために年間五回以上旅に出ていた熱心な愛好家はアメリカで5000人程度だった。それが2002年までには43万5000人となり、世界人口でいうと120万人に上るほどにもなったという。競技者が器具、旅費、その他サービスに使う金額は年間10億~20億ドルに上る。