ホワイトウォーター・カヤックのイノベーション史の第4段階は00年前後に始まり、現在に至る。その幕開けは新しいデザインのスクウォートボートが登場したのがきっかけだった。船首と船尾の浮力を必要最低限におさえる一方で浮力を船中央部に集中させるところに特徴があった。このボートの登場でそれまで以上に、ボートを上下、左右、前後に操りながら進むことができるようになったし、縦・横回転までも可能にした。しかもこのボートデザインはそれまでのスクウォートボートより飛躍的に安全性を改善していて、ポリエチレン製で大量生産を可能にするものだった。
以上のように、ホワイトウォーター・カヤックのイノベーションの歴史をヒーナースらの調査チームは整理した後、同スポーツに関わるイノベーションを3つの種類に分類した。1つが製品イノベーション。カヤック、櫂、変速装置といった製品に関わるイノベーションだ。2つ目がテクニック・イノベーション。例えば、ボートを縦や横に回転させたり、滝をけがすることなく降下するといったテクニックのイノベーションだ。最後がインフラストラクチャー・イノベーション。それは、カヤックスポーツを行うインフラに関するもので、例えば、岩の下流側にできる波や水の巻き返しを利用し、ボートをそこで留めたまま立てたり回転させたりして点数を競う競技のルールを作成するといったものだ。ほかにも、同スポーツを楽しめる場所を世界中から探してきて地図上に表記する方法を考え出したり、人工的なコースをつくるといったものがある。
調査の結果、同スポーツでは、家計部門つまりホワイトウォーター・カヤック愛好家が大半のイノベーションを行っていた。製品イノベーションの73%、テクニック・イノベーションの91%、そしてインフラストラクチャー・イノベーションのすべてを消費者が行っていた。
ここで興味深いのはインフラのイノベーションをすべて消費者が行っていたことだ。イノベーションから直接、利益を得たい企業からすればインフラのイノベーションは魅力的には映らない。競技ルールを決めたり、活動に適した場所を探し出してきたからといってそれらイノベーションは革新的消費者だけではなく他の愛好家も利用することができる。
その意味でこの種のイノベーションは企業が果実を独占できるわけではない。経済学で言うところの公共財的性格があるのだ。経済学は公共財の供給には政府の介入を必要とすると説くが、ホワイトウォーター・カヤックでは消費者がそうした介入なしでイノベーション活動を行っていたということになる。