厳罰化というと、あおり運転などの危険運転がよく引き合いに出されるが、こちらは処罰対象が明示されているため、適用するかどうかの判断にあたって警察による裁量はほとんどない。このあたりが侮辱罪とは大きく違うところだ。

19年夏に安倍晋三元首相が札幌で街頭演説した際に一般市民が「安倍辞めろ」とヤジを飛ばしただけで警官に排除された事件(22年3月、「表現の自由侵害」で北海道警敗訴)は記憶に新しい。

だが、今回の改正刑法で侮辱罪の逮捕要件が大幅に緩和されたため、同様の事態が起きた場合に、排除だけでは済まなくなるかもしれない。「ちょっと警察署まで」と声をかけられ、「任意同行で事情聴取、そして逮捕」という、安っぽい刑事ドラマを見ているようなシーンが現実に起きかねないのだ。

名誉毀損罪並みに強化された侮辱罪の罰則

厳罰化された侮辱罪をおさらいしてみる。

侮辱罪は、1875年に布告された讒謗ざんぼう律に由来し、新聞紙条例とともに当時の自由民権運動を弾圧した歴史をもち、1907年に制定された刑法に規定され、今日に至っている。

たとえば、「バカ」「キモい」「死ね」など抽象的な表現で、事実を示さなくても公然と他人を罵倒したり誹謗中傷したりした場合、被害者の告訴があれば、侮辱罪が成立する可能性がある。

ネットに低評価や、誹謗中傷を書き込む人の手元
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ただ、罰則は、これまで「30日未満の拘留または1万円未満の科料」で、時効は1年という、もっとも軽い法定刑だった。これは、さまざまな表現を幅広く処罰対象とするため、その代わりに罪を極力軽くすることでバランスをとったからだとされる。

刑法には、侮辱罪に似た処罰に名誉毀損きそん罪がある。例えば「あの人は部下と不倫している」「あいつは前科がある」など具体的な事例を示して社会的評価を低下させた場合に適用される。その罰則は「3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金」で時効3年と、侮辱罪に比べ、かなり重い。

ネットが社会インフラとなった現在、SNSを通じて匿名の誹謗中傷が一気に拡散するようになり深刻な被害が急増しているが、実際に刑事処分されたのは、20年で侮辱罪が30人、名誉毀損罪も179人にすぎない。

侮辱罪の立件がとくに少ないのは、ツイッター社などプラットフォーマーが情報を開示しないケースが多いため発信者を特定するのに時間がかかり、1年という時効の壁をクリアできないからだ。

しかも、苦労して侮辱罪を立件したものの、大半は9000円の科料となるだけだった。

「軽蔑の表示」があれば「何でもあり」

法定刑が被害の実態に見合わないという批判の高まりを受け、今回の改正刑法では、侮辱罪の罰則に「1年以下の懲役・禁錮もしくは30万円以下の罰金」を加え、時効を1年から3年に延ばした。

罰則に関する限り、名誉毀損罪に大きく近づいたといえる。