有識者の間でも割れる見解
有識者の見解も割れている。
参院法務委員会の参考人質疑では、支持と批判の両極の意見が示された。
今井猛嘉・法政大教授は、木村花さんの事件を例に挙げてネットの誹謗中傷事件処理の適切性が問われていると指摘、名誉毀損罪との比較で侮辱罪の罰則が軽すぎるとして「法定刑の引き上げは正当である」と賛意を示し、「罰則の強化は時宜を得たもの」と評価した。
また、乱用的な運用に対する懸念も、侮辱罪に関する政府の統一見解を捜査機関に周知することを求める付帯決議により歯止めがかかるとの見方を示した。
一方、山田健太・専修大教授は、「刑事罰を重くしたために、民主主義が壊れることがあってはならない」と強調、「実際に捕まるかどうか以上に萎縮が生まれることが問題」と権力に対する「批判の自由」が損なわれる点を訴えた。
また、侮辱罪の適用対象の多くはヤジやデモなどの「大衆表現」であり、「恣意的に刑事罰の対象として取り締まられることは、表現規制の典型例になる」と懸念を示した。
衆院法務委員会の参考人質疑でも、趙誠峰弁護士が「表現の自由に与える危険が大きいということこそ、一番議論されるべき問題」と指摘した。
日本弁護士連合会(日弁連)は、「侮辱罪の法定刑引き上げは、ネット上の誹謗中傷に限らず、広く表現行為一般に対する規制を強化し、萎縮効果をもたらす」と、法定刑の引き上げそのものに反対する意見書を出している。
もし、今回の改正で、侮辱罪にも、名誉毀損罪のように「公人への批判は罰せられない」旨の免責事項が設けられていれば、表現の自由を脅かすという懸念はあまり大きくならなかったかもしれない。
世界の「非刑罰化」の流れに逆行する日本
海外に目を向けると、侮辱罪や名誉毀損罪の「非刑罰化」が進んでいることがわかる。
国連の自由権規約委員会は11年、「表現の自由は個人の完全な発展に欠かせない条件で、透明性と説明責任の原則を実現するための必要条件であり、人権の促進および保護に不可欠」とうたう意見書を採択、「どんな場合であっても、刑法の適用はもっとも重大な事件に限らなければならない」として、名誉毀損を犯罪の対象から外すよう提起した。
実際、フランスは00年に侮辱罪や名誉毀損罪から懲役刑を除き、イギリスは09年に名誉毀損罪を廃止、イタリアは16年に侮辱罪を削除した。米国でも多くの州が名誉に対する罪を廃止している。
いずれも刑事事件ではなく、民事訴訟での解決を重視しようという動きである。
どんな表現が罪に問われるのかがあいまいなまま侮辱罪の厳罰化に進んだ日本は、こうした世界の流れに逆行しているといえる。