「まともに働いた方がトータルでお得」とは思えない人がいる

いま、この国では「4630万円が振り込まれたのが自分でなくてよかった(もし自分だったとしたら、正気を保っていられる自信はなかったから)」と考えている人がすでに一定数いる。

もちろん、世の大半の人は依然としてそうは考えない。「まともに働いた方がトータルでお得だ」と考える。それが正論だ。だが多くの人から見えない場所では、先の見えない人生に閉塞感を抱えている人がいる。年収300万円や400万円台が「高給取り」とみなされ、年収200万円台がもはや“当たり前”になってしまった時代においては、ある日突然自分の口座に表示された8ケタの数字が「一生かかっても手にできない大金」のように思えることもある。そのようなシチュエーションでも、損得の天秤が正常なまま機能してくれる保証はない。

東京で通勤する人々の足元
写真=iStock.com/oluolu3
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統計上、凶悪犯罪が猛烈な勢いで駆逐されているこの国では、犯罪の増加やあるいは暴動などは起きないだろう。しかしながらその一方で、いままで世の中の人びとがなんとなく同意して内面化してきた社会の常道(コモンセンス)に恭順せず、その「裏」をかくようなことをする人は増えていくはずだ。4630万円をあれこれ理由をつけて持ち逃げしたり、税の専門家としての知識を悪用して組織ぐるみの詐欺事件を企てたりといった事件は、これから頻発してくるのではないだろうか。実際、強盗や殺人といった凶悪犯罪の件数は急激な減少傾向だが、特殊詐欺については依然として高い水準を維持している。

この社会が「静かなモラルハザード」を起こしつつある

「コツコツやっていればいいことがある」という、これまで多くの人からとくに疑問視されず当たり前に支持されてきた物語がいま、ひどく動揺している。

「自分がどうやっても報われることのないゲームのルールをなぜ守らなければならないのか?」「みんなが守っているルールを違反した非難を受けて、それがいったいなんの問題があるのか?」――そうした考えをもとに、これまで信じられてきた物語から訣別・逸脱していく人は、これからさらに登場していくことになる。

「たしかにやれなくはないけど……でも自分の人生とか、世間の目とか、社会常識があるからやらないよね」という社会的合意、あるいは「ためらい」の一線とでもいうべきラインを軽々と踏み越えてみせる者が5月と6月には相次いで登場した。これは象徴的な出来事だ。この社会が基本的な信頼感と希望を失い、いうなれば「静かなモラルハザード」を起こしつつあることを示唆している――自分にはそのように思えた。

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